春丘牛歩の世界
 
つい先日、4年ほど前に地元の園芸店から買い求め、植えた梅の樹がスクスク育ち、花が咲いた。
花の開花自体は昨年から始まったのだが、去年は5輪にも満たなかった。
それが今年は数十輪咲いた。嬉しい事である。
この中から”実生”が得られたら、漬けてみようかと想っている。新たな愉しみである。
 
 
 
      
 
 
 
 【新システム移行】へのスケジュール
                     5月8日
*5月10日:「メンバー会員」募集内容の公表
5月16日:「メンバー会員」募集/受付開始
5月16日~5月31日
  「順次新HPシステムへの移行開始」
  ・この期間:既存の『物語』『コラム類』の公
   開範囲を段階的に縮小して行きます。
  ・公開年数が古い順に毎日closeいたします。
 
*5月31日:「新HPシステム」への完全移行
 
*6月1日以降は本HPは全面的に「新HPシステム」での運用に成ります。
 
・尚、会員システムの詳細は左記のサイドバー上部「会員システムのご案内」にてご確認ください。                           
                                   
                春丘牛歩           
 

  南十勝   聴囀楼 住人

         
          
                    エゾヤマザクラ
                                                                  

新しいご利用方法の
    お知らせ
 
2024年5月16日から、当該サイトは従来の公開方法を改め、新しい会員制システムを導入し、再スタートいたします。
 
・従来通り閲覧可能なのは「新規公開コラム」「新規公開物語」のみとなります。
「新規」の定義は、公開から6ヶ月以内の作品です。
・6ヶ月以上前の作品は、すべて「アーカイブ作品」として、有料会員のみが閲覧可能となります。
 
皆さまにはHP開設以来6年間で、約16万人、36万ページご利用戴き、誠にありがとうございました。
 
5月16日以降は「会員制」にシステムを変更します。これまでの「アーカイブ作品」をご覧いただきたい方には、「会員登録」して頂けると幸いです。
 
今後とも引き続きよろしくお願いします。
            
      2024.05.10
              牛歩
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   
      
・5月15日にて、これまでの「OPEN閲覧システム」は終了いたします。
・16日からは、「会員制システム」に移行します。
・その後5月末まで、順次閲覧可能範囲が縮小いたしますので、宜しくお願いします。
・これまでの6年間は、お世話になりました。ご縁がありましたらお会いいたしましょう・・。

 
                                         【 5月16日以降閲覧できなくなった作品類 】   2024/05/30
     *コラム等 :「ブログ、という名のコラム」「W杯ロシア大会コラム&ブログ」「コラム
                                   ー2020年版ー」「コラム2021」「コラム2022」「サッカー「日本代表」―W
            杯への道―」「W杯カタール大会」「食べるコト、飲むコト」新型コロナウィルス
                                  「物語」その後日譚」蝦夷地の砂金/金山事情:市町村史中心に」「H.S.モンロー   
            の『北海道金田地方報文』を基に」続、蝦夷地の砂金/金山事情:市町村史中心
            に」
     
     *物語類  :「函館 青柳町 あかげら亭」「蝦夷金山と甲州金山(かなやま)衆 ー十勝編ー&
            ー知内編ー「荒木大学と甲州金山」「大野土佐日記と甲州金山衆ー甲州編&孫子
            の兵法編ー&ー蝦夷地編ー&ー真贋解明編ー」「甲斐源氏安田義定と駿河、遠江之
            國:するがぢ編&流鏑馬編&とおきあわうみ編&遠州森町編&田子の浦砂金編
                                    「京都祇園祭と遠江守安田義定―安田義定編ー&―祇園神社編ー&―後白河法皇編ー
                                  &―神様の指紋編ー」「安田義定父子と、甲斐の国・越後の國-勝沼ぶどうの丘&黒
                                    川金山編-越後直江津編&鎌倉時代、上越の都市軸-&-下越、白川之荘安田郷編-  
            &上越の甲州金山衆編&糸魚川の舞楽編」「安田義定と秋葉山本宮:ー遠州の舞楽編
            &遠州春野町編&神社仏閣の”社紋・寺紋”編ー」「甲斐源氏と常陸之國:全編
 
                                           5月31日以降閲覧できなくなる作品類 】   
     
     *物語類  :無位の真人」或いは北大路魯山人:春の常陸路編&晩秋の京都編
 
                                                  *この内容は毎日追加更新されます。
 
 
 
ここでは世界で最もシンプルなスポーツと言われ、また日本古来の神事でありスポーツでもある「相撲」について取り上げていきます。サッカーというスポーツがインターナショナルなスポーツの代表だとすると、この相撲は実にドメスティックというか日本的なスポーツであると言えます。
しかしながらこのとってもシンプルなスポーツは今や国際的なスポーツの一つとなっているようで、衛星放送などを通じて多くの国でLIVE放送をされており、ドメスティックだけどインターナショナルなスポーツとなっているようです。また相撲の競技人口も世界に広く拡がっているようです。その原因は裸で個人と個人が戦うスポーツという、シンプルなスポーツでありながら日本的な様式美が貫かれているから、かもしれません。
相撲については、これまでも「コラム」欄で何回か取り上げてきましたが、この度今までの分を集約したうえで新たなコーナーを独立させる事にしました。それは「相撲」というスポーツがこれまでも大きな人間ドラマを生み出してきましたが、今回の照ノ富士の復活劇があったように、今後もまた少なからぬドラマや感動を引き起こしてくれると、予測し期待しているからでもあります。それもまたこのコーナーを設置した理由の一つです。
                                               
            14.新星たちの登場、2024年春場所:2024.03.25
         13.「 不祥事降格後の「敗者復活」2022.11.29        
             12.御嶽海と正代2022.01.26
         11.プロレスか、相撲か?2021.07.21
                       10.「敗者復活」、というチャンス:2021.05.26
        9.「モチベーション」という問題2021.04.02
                        8.「心」「技」「体」2021.01.26
        7.昭和の大横綱を彷彿させる力士たち: 2020.09.28
        6.相撲の神様3「照ノ富士の優勝編」: 2020.08.03
        5.相撲の神様2「徳勝龍の優勝編」2020.01.28
        4.相撲というスポーツ3「力士とケガ」2019.05.26
        3.相撲の神様「玉鷲の優勝編」2019.01.28
        2.相撲というスポーツ2「貴景勝編」2018.11.26
        1.相撲というスポーツ2018.09.28
 
 
 

 新星たちの登場、2024年春場所

 
 
2024年春場所は記録や記憶に残る場所であった。
その主役となったのは110年振りの「新入幕優勝」を遂げた尊富士の大活躍と、ザンバラ髪の関取大の里の活躍であった。
 
14日の朝乃山との勝負で「足の靱帯」に損傷を負い、車いすに乗って土俵を去った彼を見て、「今場所は尊富士の相撲も終わったな」と想ったのであったが、何と千秋楽に出場する、という情報が入った。
 
 
この一報を聞き私はかつて「貴景勝」が何回か繰り返したように、「無理して試合に出なくっても次があるだろうに・・」と想い、師匠の判断を疑ったのであった。
 
その貴景勝は無理して土俵に出続けて、結局回復を遅らせてきた事が何回もあったからである。彼の二の舞を尊富士には繰り返して欲しくない、と想ったからである。
 
 
 
              
                    尊富士
 
 
 
ところが、である。
この間彼の所属する「伊勢ヶ浜部屋(元旭富士親方)」ではこの数時間の間に、幾つかのドラマが起きていた様である。
 
 
尊富士のインタビュー記事や伊勢ヶ浜親方のコメント記事などを観ていると、
 
・横綱照ノ富士の「記録に残る相撲より、記憶に残る相撲をめざせ。お前ならできる!」
といった先輩力士としての激励やアドバイス。
 
・「出場しても後悔する、出場を止めても後悔する。同じ後悔するのなら・・。最後は彼の言った『記憶に残る相撲を取りたい!』という気力に委ねました・・」
と言いながら言葉を詰まらせた、伊勢ヶ浜親方の想い。
 
このようなやり取りが「伊勢ヶ浜部屋」の中では、繰り広げられていたのだ、という。
 
 
私はこのエピソードを聞いて、尊富士は「良い相撲部屋を撰んだな・・」と感じたのであった。
よき先輩力士を持ち、よき親方の指導する部屋を撰び、入った事をである。
 
今場所途中休場した照ノ富士は、ケガや病を得てかつて序二段まで転落し、そこから這い上がって復活して来た力士であり、辛酸をなめ尽くし、自らと闘って来た横綱であった。
 
 
その彼は昨夜車いすで部屋に戻って来た尊富士の元に自ら出向き、上述の様な激励やアドバイスを行ったというのであった。
「記憶に残る力士に成れ!」と。
 
そしてその照ノ富士の成長の軌跡を一部始終観て来た伊勢ヶ浜親方の、「熱い想い」である。この師匠にして、この力士あり。なのだ。
 
 
かつて照ノ富士が序二段から復活して優勝した時の試合を観ていたこの親方が、花道で天井を見て涙をこらえていた姿を私は思い出した。
 
やはり「良い部屋に入って好かったな・・」と私は感じたのである。
 
 
 
            
 
 
 
そして今回の「尊富士優勝のエピソード」を聞いて改めて私が思い起こしたしたのは、「宮城野部屋の不祥事」であった。
 
平成の大横綱として数多くの「記録」を残してきた、元白鵬が親方として継承した「宮城野部屋の不祥事」の事を、である。
 
「北青鵬の弟弟子イジメ」や、夜は弟子たちを残し部屋には泊まらず、弟子たちと寝食を共にしないで自宅で過ごし、「観光客がたくさん来るから銀座に相撲部屋を作りたい」と言った白鵬親方の事を、である。
 
 
彼は「記録」に拘り、相撲を「格闘技」や「エンターテイメント」としてしか、捉えていなかったのではないか、としか思えない元白鵬の相撲部屋との違いを、私は今回の「尊富士のエピソード」で思い起こしたのであった。
 
 
日本に千年以上続く「相撲文化」を今後も維持し、継続し発展させるのは相撲が「神事」である事を自覚し、「人間の心」を大切にし、「記憶に残る力士たち」を排出し続ける親方の率いる、「相撲部屋」であってほしいものだと、願って止まないのである。
 
 
「伊勢ヶ浜部屋よありがとう!」なのだ。
 
 
 
                   
 
 
 
 
 
 
 
 

 不祥事降格後の「敗者復活」

 
2022年最後の大相撲である「九州場所」が、終盤に大いに盛り上がりながらつい先日終わった。
 
千秋楽まで優勝力士が決まらず、更に三つ巴の優勝決定戦という展開に成った事は多くの相撲ファンにとって、喜ばしい展開であったであろう・・。
 
そして今回こそは「高安」が優勝するのではないか、と期待しつつ予測していた私としては、彼がまたしても優勝を取り逃がした事は残念に思っている。
やはり相撲は「心」の問題が備わってこないと、優勝や横綱といったポジションには到達できないものなんだなぁ、と改めて想った次第である。
 
高安が優勝するためにはこの「心」の問題、即ち優勝を意識しすぎると相撲が小さくなるという傾向がある様で、結局はそれを克服するしか解決策はないようである。
「自分自身との闘い」をクリアするしかないのであろう。
 
今場所は平幕の「阿炎」が高安に打ち勝ち、更には大関貴景勝をも破って、巴戦を制して優勝を遂げた。
 
 
この「阿炎」の優勝は実は、単なる力士の優勝を意味してはいない。
ご存知なように彼は1年半ほど前の、コロナの蔓延で日本中がピリピリしていた時に、同僚だか後援者だか相手は忘れたが、達と一緒にキャバクラだかに遊びに出歩いて相撲協会から厳しい処分を受け、三階級ほどの降格処分を受けていたといった経歴を持つ力士であるのだ。
 
相撲界では十両以下の力士は給与も支払われず、十両以上の先輩力士達の付き人などをしなければ成らない、といった慣習がある様である。
 
しかも「マワシ」なども関取といわれる十両以上の力士と比べると、相当貧弱な「マワシ」しか使う事も出来ない伝統がある、らしいのである。
 
彼らにとってこれらは明らかに屈辱的な事であり、この間彼らは自分自身とたっぷりと向き合う事を余儀なくされるのである。
 
即ちなぜ自分は三階級も降格しなければならなかったのか?
更にこの屈辱の日々の原因は一体いったいどこにあったのだろうか?
自分にとって相撲とはどのような存在なのか?
といったテーマに毎日向き合い、自問自答を繰り返すことに成るのである。
 
それらのプロセスが自らの精神を鍛え上げ、心を磨き合う事に成るのであろう・・、と私は想像している。
 
これは将に修行のプロセスであり、修験者が「千日回峰」等の修行をするのに似ている、と私は感じた。
 
かつて千日回峰を二度繰り返し「大阿闍梨」に成ったという「酒井雄哉」氏が、毎日「行場を回遊」するたびにそう自問自答を繰り返していた・・。
とドキュメンタリー番組で述懐していた事を思い出して、そう想像したのである。
 
 
 
                                      
                     二度目の千日回峰をした酒井雄哉氏
 
 
その「酒井雄哉」氏は「千日回峰」をする以前の顔と、「千日回峰以後」の顔では明らかに変化していた。
3年以上の厳しい修行を通じて、彼の「人相」が明らかに替わった、のである。
 
 
今場所の覇者阿炎が、三階級降格から這い上がって十両辺りに戻ることが出来たのは、約一年後の今年の初夏頃ではなかったかと記憶しているが、彼はそのまま順調に復活劇を続け、ついに優勝するにまで至った。
 
 
私が復活してからの彼をTVで見ることが出来たのはここ2・3場所の事であるが、やはり彼の「人相」および「体格」は昨年の三階級降格以前とは明らかに替わっていた。
 
体格も良くなり、顔幅ももちろん変わって物理的に大きく/がっしりとしてきたが、それだけではなかった。
その顔貌からは精神的な成長も感じられたのである。
 
一言で言えば以前の顔は、相撲はうまいがチャラっぽい感じの「線の細いアンちゃん顔」であったのが、降格からの復活後は「線が太くなった」様に見受けられ、多少のことには「動じない青年の顔」に成っていた。
 
やはりこの一年半の間に地獄を見、その間に経験したことで心の成長がしっかり成し遂げられた、のではなかっただろうか・・。
顔つきの変化がその事を物語っているように私には見えた。
それだけ厳しい修行=自己研鑽を積んできたのだな、と私は感じながら彼の相撲を見ていた。
 
 
 
                  
 
 
 
優勝翌日のインタヴューで彼は
「以前の自分はヤンチャをしていましたが、(降格後の)経験を積んでここまで来ることが出来ました。この間温かく(私を)見守っていただき、指導していただいた師匠(錣山親方=現役時代のしこ名:寺尾)のお陰です・・」といった趣旨の発言をしながら、目を潤ませていた。
 
彼もまた、かつての照ノ富士がそうであったように「師匠=親方」の温かくも厳しい指導を受けながら自らの変革を遂げ、人間的に一皮むけた様である。
 
 
やはりこの相撲という世界においては師匠=親方という存在は、実に大きいのだな・・、と今回もつくづく感じ入った次第である。
敗者復活を成し遂げるためには、やはり「名伯楽」の存在が欠かせないようである。
 
 
因みに同時期に同様の不祥事を起こし、降格した「元大関朝乃山」はとりあえず十両に復帰している。彼もまた遠からず幕の内に再登場するようである。
 
同時期のもう一人の降格力士「元小結竜電」も二場所ほど前に幕の内に復活し、「10-5」「9-6」の好成績を続けている。
 
やはり彼らもまた、この降格処分から復活し立ち直ってきつつあるようである。
今後もこれら「降格三力士」には注目して、大相撲を観ていきたい、と想っている次第である。
 
                                    註:文中の( )内は著者牛歩の挿入
 
 
 
 

 御嶽海と正代

 
 
2022年の初場所はご存知の通り「御嶽海」が13勝2敗で優勝した。
今回で3度目の優勝という事に成るようだ。
関脇の地位での三度目の優勝であるのだから当然のことの様に大関への昇進に対する世間の期待は高まっている。とりわけ地元の長野県ではそうであるという。
 
その御嶽海であるが今回は直近3場所の戦績が好調であるのと、取り口が安定しているので審判部なども大関昇進を理事会に諮るというようである。
 
横綱が照ノ富士一人であることや今の大関陣がイマイチ安定していないこともあって、相撲ファンたちもまた「御嶽海」の大関昇進は大いに期待しているのだと想う。
 
 
かくいう私自身もそう想っているのであるが、「御嶽海」についてはトラウマがあるので仮に順調に大関に成ったとしても、その後の安定感が維持されるかどうかに一抹の不安を抱いているのが率直なところだ。
 
というのもこれまでの二度の優勝の後にも、大関昇進への期待感が大いに高まったのであるが、残念なことに彼は安定感が足りず、平幕相手にあっさり負けてしまうといった場面が少なくなく、そのせっかくの期待感が簡単に消滅してしまったからである。
 
実力的には大きな問題はないようなので、平幕力士たちにアッサリ負けるのはたぶん心の問題なのではないかと、私は推察してるところである。
 
 
 
               
 
 
 
 
同じように実力はあるのに心の問題でイマイチ安定感が無い、と思われるのが「逸ノ城」と「正代」とである。
 
「逸ノ城」はあの恵まれた身体であるにも拘らず、平幕上位と三役とを行ったり来たりしているのは、やはり心の問題を抱えているからではないか、とそう想っている。
残念なことに彼にもまた「闘志」や「気迫」といったものが、あまり感じられないのである。
 
「朝青龍」や「白鳳」の様に闘志むき出し、というのもちょっとどうかと思うがアッサリし過ぎというのも、格闘技なのだからやはり物足りないのである。
 
 
このことは大関「正代」も全く同じで、彼の相撲にもやはり「闘志」や「気迫」が感じられないのである。今場所の結果はご存知の通り6勝9敗であった。
 
その正代もかつては「闘志」や「気迫」がかなり前に出た時期があった。二年ほど前の正月場所で「徳勝龍」と優勝を最後まで争った時の事である。
 
前にもこのコラムで書いておいたが、その頃の彼には観ていて「ふてぶてしさ」が感じられたのであった。
その時私はかつての大横綱「北の湖」と重ね合わせて「正代」の事を観ていた。
 
そうしてその年の秋場所で、ついに彼は見事優勝を果たしたのであった。
その戦績を評価されて、彼は大関昇進も成し遂げたのである。
 
 
ところが残念な事にその時の優勝後の彼はすっかり「ふてぶてしさ」が見られなくなり、平幕時代同様に気迫が失せてしまい、好成績とは殆ど縁がなくなって久しい。
 
後から上がってきた照ノ富士の様に、横綱に向かってまっしぐらという期待感は、その後の正代には起きてこなかったのであった。
 
そして今回優勝を決めた「御嶽海」に関しても、過去の二度の優勝のトラウマもあって、その「正代」と同様の懸念が感じられるのである。
 
とはいえ今場所の彼の面構えはだいぶ落ち着いているように見受けられることから、一皮むけてきているのかもしれない、という期待もある。
若者というのは伸びしろを常に持っているし、成長の余地が十分あるからである。
 
 
「御嶽海」には私達が抱いている過去のトラウマを払拭してくれるような、しっかりした
力士に育ってほしいものである。
 
それさえ乗り越えられれば彼は大関の更なる上の、横綱に成る器を有していると想われるから、その先を期待するのである。
せっかく有している資質や才能を開花させないのは、もったいない話だ。
 
 
彼が優勝インタビューで「今年は30に成るから・・」と言ったらしいのだが、その言葉に隠れた「想い」や「覚悟」が、ぜひとも本物であってほしい、と私はそんな風に期待しているのである。
 
そんな想いを抱きながら彼の力士としての相撲を、期待も込めてこれからも観て行きたいと思っているところである。
 
 
                       
                        信濃の英雄「雷電為衛門」
 
 

 プロレスか、相撲か? (2021.07.21)

 
今場所の大相撲を盛り上げたのは「照ノ富士」と「白鵬」とであった。
「照ノ富士」はここ半年ばかりの相撲っぷりを見ていれば、当然の結果であった。
一方ほぼ一年振りに土俵に上がることに成った「白鵬」に関しては、実際のところどの程度までやれるのかはほぼ未知数であり、フタを開けてみるまでは判らないといったところであった。
 
そんな中で開かれた「名古屋場所」の千秋楽では、「照ノ富士」と「白鵬」との全勝対決が行われた。結果はご存知な通り「白鵬」の勝ちであり、ほぼ一年ぶりの優勝を15勝の全勝で締めくくった。
 
この結果と数字だけを上げると、立派なものである。36歳という年齢でもなお15戦全勝という結果を残すのであるから・・。
しかし、なのである。白鵬の「勝利への拘り」や、「勝つためには何でもする」という「勝利至上主義」とでもいうその姿勢は、一相撲ファンの私としては簡単には受け入れがたいのである。
 
 
千秋楽の大一番の「全勝対決」をTVで観ていた私は、これは「相撲」なのかそれとも「プロレス」なのか、と思わず考えてしまったのであった。
上腕を使ったプロレス技のような相撲で照ノ富士を叩き、容赦なくかつ執拗に繰り返される「張り手」から、最後は照ノ富士を下した後の「勝利の叫び」を観ていると、私はどうも「プロレス」の試合を観ていたのではないか、と錯覚を抱いてしまったのであった。
 
そして白鵬はいつか大相撲を引退したら、かつての「力道山」や横綱「曙」が辿ったように「プロレス界」に身を置くことに成るのではないか、と余計な事まで考えてしまった。
 
さらに優勝インタビューで彼が言った「これで前に進んで行ける」といったような言葉は、ひょっとして大相撲引退後に「プロレス界でもやって行けるかもしれない」と、悟った事を言ったのかもしれない、と邪推をしてしまった。
 
 
その戦績や優勝回数だけ見ると「平成の大横綱」であることに疑いのない白鵬が、あまり多くの日本の相撲ファンからリスペクトされていないのは、このような「勝利至上主義」や「勝つことへの強い拘り」があるからではないだろうかと、私などは感じているのである。勝者を決めるのが目的のスポーツであれば、「勝者」は祝福されるべきであろうと、そう思うのではあるが・・。
 
 
 
                   
                    何発も「張り手」を繰り返す白鵬
 
 
 
私は実はこの七月初旬に、山梨市後屋敷の「諏訪神社」というところを訪ねてきたのであるが、その神社では江戸時代以前から長い間「神事としての角力(すもう)」が執り行われて来ており、その神事に関連して大規模な「相撲大会」が行われて来た、という歴史を持っていた神社であった。
 
その神社では「相撲大会」が行われる前夜に、「力士が神様と角力を執る」といった神事が行われるのだという。というかその「神様との角力」という神事が行われた翌日に、力自慢や技自慢の「人間同士の相撲大会」が行われて来たのだという。
 
私はその話を神社の禰宜さんから教えてもらって、そういえば日本の大きな神社の境内には「相撲」を取るための「土俵」や、「屋根付きの土俵」が在ることを思い出した。
 
 
私はその山梨市後屋敷の「諏訪神社」の話を聞いて以来、全国にある土俵を有している神社においては、かつて神事としての「角力」や近隣の力自慢や技自慢を集めた「相撲大会」が行われてきた、といった歴史や伝統があったのだろうか、と考えるようになった。
 
と同時に、日本人にとっての相撲は「力自慢や技自慢たちの大会」であると共に、「神事としての角力」という性格を持っており、長い間そのように認識されて来たのではなかったか、と思うようになった。
 
その様な認識や価値観が根底にあるから、「勝ちに拘り過ぎる相撲」や「勝つためには何でもする」といった「勝利至上主義」の白鵬の「相撲っぷり」が、多くの大相撲ファンにリスペクトされない原因なのかもしれない・・。と考えるように成り、そんな風に思うと白鵬の「強いけど人気がない」、という現実が妙に腑に落ちるのであった。
 
 
更に「大相撲」という伝統的スポーツイベント(興行)においても、横綱という最上位の力士は「大きく太いシメ縄」を身に着けて、土俵では邪鬼を払うという四股(しこ)を踏んでいるという事に、改めて思いが至った。
 
たとえ「大相撲」は興行目的で行われていたとしても、単に「勝者を決める腕自慢/技自慢の力士の戦い」にとどまっているのではなく、「神事」という側面をも併せ持っているのだ、という事に気が付くのである。
 
今場所も何回か目の当たりにした、白鵬の「勝つための相撲」を観てきながら私はそのような事を考えていたのであった。
「角力」も「大相撲」も、「神事」という側面を見失った「強い力士のチャンピオンを決める戦いの場面」だけではないのである。
そしてそのことに平成の大横綱は長い間ズッと気が付いていないのである。
 
今のままでは彼はいつに成っても目の肥えた相撲ファンには尊敬もされず、愛されることのない「強い横綱」で終わってしまうのではないか、と私はそう思っている。かつての朝青龍がそうであったように。
やはり「角力」の世界は奥が深い「相撲道」なのだ・・。
 
 
 
 
              
 
 
 
 
 
 

 敗者復活、というチャンス(2021.05.26)

 
 
今場所もいろいろなドラマが、大相撲の世界では起きた。
「日の当たる、心地好い」話題であれば、「照ノ富士」の連続優勝であろう。
 
今場所も彼の力量は、明らかに他の力士たちに抜きんでた存在であった。その事は多くの相撲好きな人々の認めるところであった。
従って照ノ富士が優勝したことに驚いた人は、あまりいないのではなかったか・・。
12勝3敗という成績は、ずば抜けているとは言い難いが、悪い成績ではない。
 
照ノ富士の3敗の内訳は「反則負け」「遠藤の頑張り」という2つの「物言い」のついた試合と、千秋楽の貴景勝との闘いでの負け、であった。
 
 
「物言いのついた負け2つ」は、実に微妙な判定であったと私などは想っており、「取り直し」でも良かったのではなかったか、と今でもそう想っている。
初めの「ちょん髷を掴んだ」という反則は、事実であったかどうかよりも、彼自身の今後のためには「良い薬」に成るかもしれない、と私は感じた。
 
それは彼の相撲にまだ残っている「体力に任せた強引な取り口」、即ち相手の腕を「キメて」動きを封じ込めてから繰り広げられる、「ブン廻し相撲」への警告である。
 
この強引に勝とうとする取り口に代表される、彼の中にまだ残っている「力任せな相撲」に対する、審判部長でもある師匠の伊勢ヶ濱親方の「愛情あふれた」厳しい判定、だったのではなかったか、と私などは感じてしまうのである。
 
「横綱」という高みに到達するためには、単に「相撲が上手い」とか「怪力の持ち主」といった事だけでは難しいからである。
師匠でもある審判部長は、照ノ富士にあえて厳しい判定をすることで、力士としての人間的成長を期待しているのかもしれない、などと私は勝手に想像してしまったのである。
 
 
また「遠藤の頑張り」に関しては、あの土俵に対してほぼ90度「垂直にスクッ」と延びた、丸たん棒のような太い遠藤の脚が象徴していたように、相撲取り遠藤の「頑張り」というか、「意地」といったものを感じ、日ごろ彼が行っている鍛錬の一端を垣間見た気がしたのである。
正直なところあの一番で、私は遠藤という力士を見直したのであった。
 
従って、あの勝負に関して言えば「照ノ富士の強引な力業」が「遠藤の鍛錬に元づく技」に敗れた、かなりハイレベルな戦いであったと私は思っている。
私にとってこの勝負が、間違いなく今場所でのBESTな取り組みであった。
 
 
 
              
                手前が照ノ富士/向こうが遠藤
 
 
次に「残念な出来事」は、言うまでもなく「朝乃山のキャバクラ問題」である。
PCR検査を受けたその後で、スポーツ新聞の記者だかに誘われて、神楽坂だかのキャバクラに行ったという出来事である。
伝聞情報でしかないから、「だか」が多くなっているが、事実はまぁそんなところであろう。彼は「コロナウィルスという感染症」を甘く見ていたのである、残念なことだ。
 
更に残念なことは「事実無根」と言い張って、やり過ごそうとしたことであろう。
爽やかさが期待されるスポーツの世界では、汚濁にまみれて厚顔無恥な政治家を見倣ってはいけないのである。
かつての「日大アメフト問題」が良い例である。
 
従って今回の「朝乃山キャバクラ問題」に相撲協会が、厳しい判断を下すのは当然なことであろう。協会は数年前の「八百長問題」も経験しているから、当然厳しい判断が下るであろう、と私などは思っている。
 
 
しかしその厳しい処罰は同時に、「敗者復活のチャンス」を忘れないでいてほしい、と私は期待するのである。
「若気の至り」で道を踏み外すことや甘い判断をしてしまう事などは、多くの人が陥り経験する、ごく自然なことだからである。
 
自分自身を振り返っても「真っ直ぐ正しい道をズッと歩んで来た」わけではなく、あっちに行ってぶつかり、こっちに行ってぶつかりしながら何回も失敗を繰り返し、その都度反省して自分の歩み方を修正して来た。
人間という生き物はそうやって成長をして行くのではないだろうか、と失敗だらけの人生を歩んできた私は思っている。
 
 
そんなこともあって大関朝乃山に対して、厳しい判断を下すことは当然だが、同時に「敗者復活」への道も閉ざさないでいて欲しい、と思っている。
 
同じく緊急事態宣言下で「キャバクラ問題」を引き起こし、現在「幕下辺り」で再出発の道を歩んでいる力士「阿炎」がそうであり、更に無軌道で自堕落な食生活と力任せの相撲で膝を痛め身体を壊し、かつての大関を陥落し序二段から復活した「照ノ富士」がそうであったように、「敗者復活」のチャンスを与えてよいのではないか、と私は思っている。
 
若気の至りで、愚かな失敗を行った彼には、温かい眼差しでもう一度チャンスを与える、という事があっても良いのではないだろうか。
 
いきなり「レッドカード」ではなく今回は「イエローカード」で良いと思う。
27歳の若者には「一発退場」ではなく、「敗者復活のチャンス」を与えて、今後の人間的な成長を見守ってあげる、という選択肢もある事を相撲協会には示してももらいたい、と私はそう期待している。
 
実際のところ相撲協会のお偉方だって、「まっすぐな道をズッと歩んできた」人達ばかりではないだろうから、自らを省みて朝乃山の処分を考えるのも良いのではなかろうか。
 
 
 
 
 

 「モチベーション」という問題(2021.04.02)

 
 
この春場所は「高安」と「照ノ富士」が最後まで優勝争いを繰り広げ、千秋楽まで目が離せない場所であった。
 
今回の場所は改めて人間という生き物にとって、「モチベーション」が如何に大事であるかを感じさせる場所であった。
 
 
序盤から中盤にかけては久々に高安の快進撃が続いた。
そしてその快進撃の源は二月に誕生した彼のお子さんの存在であった、ようだ。
 
結婚して家庭を持って、更には我が子が誕生したことで、その子供のために「お父さんは頑張るぞ!」といった感情が働いたのであろう。「父性愛」が生まれたのかもしれない。
 
そういえば何年か前に優勝した「琴奨菊」の場合も、結婚して家庭を持ったことがその優勝の原動力となった、ようだった。彼の場合は「新妻へのプレゼント」だったのかもしれない。
 
 
人は「自分自身のために」だけではなく、「誰かのために」という事を考えた時に、平時とは違う力を発揮する生き物の様であるから、そう言った「想い」や「動機付け」がやはり大切なんだろう、と思う。
 
自分自身の事を振り返ってみても、そうだったようだ。
「バブル崩壊後」の厳しい時期に小さな事務所を経営していた私が、家に帰って生まれてそう日の経っていない我が子の寝姿を見て、心が癒されたという経験を持つだけに、家族や子供の存在の大きさは身に染みているのである・・。
 
 
優勝した照ノ富士の場合も、そうなんだろうと想っている。
彼の場合は結婚やお子さんの誕生というより、ここ4・5年の間大関から陥落し序二段まで転げ落ちた彼を励まし、叱咤激励し続けた部屋の親方やおかみさんに対する「恩返し」がその動機付けに成っていたようだ。
 
今場所中に日本国籍を取得した照ノ富士が付けた名前、すなわち師匠である伊勢ヶ濱親方の本名をもらった「杉野森」であったことが、私の想像力を豊かにした。
 
やはり照ノ富士にとっては、この数年間の挫折と屈辱、そのどん底からの這い上がりに自分を支え続けてくれた、部屋の親方やおかみさんへの感謝の気持ちが、何よりも大きかったのだろう。
 
優勝インタビューの時の10秒近くの沈黙が、その間の彼の苦悩と感謝を反芻する時間であったように、私には想えるのだ。
 
 
しかし今場所の前半から中盤にかけての小兵力士に対する、腕を固めてからの「ブン回し」には、私は懸念を抱いている。
力任せのあの取り組みは5・6年前の「若い頃の照ノ富士」の「力任せの取り口」の相撲を見ているような気がした。
 
二十代の後半になった今は、あのような力任せの相撲ではこれ以上前に進めないのではないか、とそう想っている。
かつての「栃ノ心」がそうであったように腕力での相撲には、おのずと限界がある。
 
 
 
             
 
 
終盤に成って体の大きな力士たちと取るようになって、さすがに「ブン回し相撲」は取らなくなったが、やはり真正面からぶつかって、四つに組んでの勝利でないと「安定した横綱」には到達し得ないのではないかと、そんな風に懸念してる。
もう一皮むける、彼自身の成長が必要なのかもしれない。
 
さはさりながら、三度目の優勝と「大関への復帰」については「おめでとう!」と言っておきたい。
 
 
その一方で昨年大関に昇進した「正代」に関しては、明らかにスランプに陥っているように見受けられる。取り口に覇気が感じられず、優勝した頃のような「ふてぶてしいまでの強さ」が消えてしまっているようだ。
 
優勝を成し遂げて以来、この半年間優勝の美酒に酔ったり、周りからチヤホヤされてきたのだろうが、このままでは早晩大関を陥落することになるだろう、と私は推測している。
 
「元大関力士」というのは枚挙にいとまない程多くの力士が今も居るし、かつても居た。
彼には今、モチベーションとなるモノが欠けているのかもしれない。 
自らを高め、日々精進することへの動機づけが欠けているようだ。
 
一年以上前の平幕上位をさまよっていた頃の彼の姿に、今は重なって私には見える。残念なことである。
 
 
裸にマワシ一つで、素手で闘う「相撲というスポーツ」は、最後は自分自身との闘いのスポーツであるのだな、とつくづくと私は感じいっている。
 
相撲という舞台を通じて、力士というその登場人物たちの「人間ドラマ」を、私は見ているのかもしれない。
そしてそこに、このスポーツの魅力があるのかもしれない、と根雪の消えてなくなった庭を観ながら、そう想っているのである。
 
 
 
 
              
                 師匠から弟子への授与
 
 
 
 

 「心」「技」「体」 

 
コロナで二度目の緊急事態宣言が発令された最中に、2021年度の初場所が開催された。
いまや30代半ばとなった二人の横綱は今場所も休場で、もはや出場しないことが常態と化している。
 
今年の初場所も例年通り「平幕力士」の優勝であった。
いわゆる実力者が優勝回数を重ねる事よりも、これはこれで楽しいことなのであるが、今回はなんとなくワクワク感が湧き上がって来なかったのはどうしてなんだろう、と想っているのが正直なところである。
 
今場所は大栄翔という実力派の力士が優勝した。彼は前頭筆頭であったのだが、元々何場所も三役を務めていた力のある力士であるから、優勝したこと自体は驚くべきことではなかった。
 
彼の取り口は「押し相撲」が得意の様で、今場所の彼の破壊力は誰が見ていても判るほど強く迫力があった。
調子の良い時の貴景勝も同様であった。
 
 
              
                  
 
 
先場所の優勝力士であるその貴景勝は、今場所成績が良ければ「横綱」の声も掛かる可能性があり、それを多くの相撲ファンから期待されていたのであるが、実際は初日からつまずき調子が上がらず早々と、休場してしまった。
 
私の記憶では貴景勝のこの手の休場は今度で二度目ではなかったか、と思う。
前回は確か『大関』への昇進が期待された場所で、けがを押しての出場が原因であったかと思う。その時もやはり自滅してしまった。
 
きっと彼はプレッシャーに弱いタイプの人間なのだろうと、私は感じている。
周囲の期待が高い時に、その期待を多く受け止めてしまいプレッシャーに押し潰されて、本来彼が持っている実力を発揮出来ないでいるのであろう。
 
実際今場所の彼の取り口は、どことなく余分な力が入っていたようで、あまりスムーズな相撲を取っているとは言えなかった。ギコチなさが感じられたのである。
 
 
あのゴムボールの様な球体の体で繰り出す回転の速い「突き」や「押し」は、上半身だけではなく身体全体がしっかり動いて、回転が速い場合でないと、やはり威力は発揮できないのだと思われる。
なんとなく上半身だけで相撲を取ってるように思えたのは、心の問題がブレーキを掛けたからではなかったか、と私は推察した。
 
かつて小錦という大関が居て「プッシュ」「プッシュ」と言いながら、やはり回転の速い「突き」と「押し」で対戦相手を蹴散らしていた姿を私は想い出した。
 
貴景勝も小錦と似たようなタイプの相撲取りになるものかと、そんな風に思いながら彼を観ていた。しかしながら今場所の貴景勝にはそのような思い切りの良さは、残念ながら感じられなかった。
 
 
よく『横綱』に成るためには、「心」「技」「体」の三拍子が 揃わなければ難しい、といわれるのであるが、将に今その問題に貴景勝は直面してるのではないかと、私はそう感じている。
 
「大関」に成る力士は、ある程度強かったり相撲が上手ければ成れるようで、それなりに彼らは現れては消えて行くのであるが、やはり『横綱』に成れる力士はそう多くは居ないようだ。それだけ『横綱』という高みに到達することは難しいことなのだろうな、とTVを観ながらそんなことを思った。
 
その難しさの原因は「技」や「体」にあるのではなく、主として「心」にあるのではないかと私はそう想っている。
 
そしてその「心」を鍛える事は何をおいても、自分自身との闘いなのではないかと、私はそう想っている。目の前の対戦相手との闘い以上に、である。
 
従って彼自身の心の問題であれば、他人はどうすることもできない。自ら乗り越え克服するしかないのである。
今回迎えた二度目の挫折から、彼自身が立ち直ることが出来ない限り、彼は『横綱』という高みには到達できないのではないか、と私はそんな風に想っている。
 
 
               
 
 
 
今場所も好成績を上げて来ている照ノ富士は、ここ四・五年の間に地獄を見て、ついには序二段まで陥落した。そしてそのドン底から這い上がって現在の快進撃というか、立ち直りを果たして来たのである。
 
彼のたくましくなった面構えを観て、私は彼の味わった挫折と屈辱の深さを感じ取り、そのどん底から這い上がって来た人間の持つ、人間的なたくましさを感じるのであるが、貴景勝にも照ノ富士の様なたくましさを備えた、人間的な成長を期待したい。
 
プレッシャーに弱い自分自身と向き合って、その自分の心を乗り越えない限り、彼は本物の『横綱』には成れないのではないか、とそんな風に私は想っている。
 
多少の時間が掛かったとしても、彼自身が「心」「技」「体」の三拍子そろった横綱に成長することを私は期待もし、望んでいるのである。
焦ることはない、彼はまだ24・5歳の若武者なのだから・・。
 
 
 
 
 
 

昭和の大横綱を彷彿させる力士たち: 2020年9月28日

  
 
今場所の優勝は正代の13勝2敗で決した。
最近の正代の成長が著しいことは、今年初場所の徳勝龍優勝の時に感じ、このコラム(2020年1月28日)でもすでに書いてきた通りであったが、ついに優勝を果たすことになるまで成長した。
 
正代は体格もよくその風貌から、私はかつての大横綱「北の湖」の事を幾度となく思い起こすことがあったのだが、残念ながら昨年までの彼には大横綱が持っていた「ふてぶてしいまでの強さ」が欠けていた。似ていたのは外見だけであった。
 
しかしながら今年の初場所あたりから、なんとなくふてぶてしさが漂うようになって来て、私は「オヤッ⁉」っと想ったものであった。
案の定初場所では最後まで徳勝龍と優勝争いを行うようになった。強さが身について来たのであった。
 
 
 
そしてそれ以来安定した強さが彼の中に備わって来たようであり、ついに今場所は優勝を果たし、どうやら大関に昇格するようである。彼はこの一年の間に大きく成長し、化けたようなのだ。
 
貴景勝や朝乃山といった実力のある大関と戦っても、今場所の正代は遜色なくむしろどちらが大関かわからないくらい強く、そして彼らには危なげなく勝った。
 
その原動力が何処にあるのかは、私は知る由もないのであるが、今夏の熊本地方を襲った幾つかの水害が、何らかの影響を与えたのかもしれない。
彼の実家も少なからぬ影響を受けたのかもしれないが、水害の大きかった球磨川は彼の実家からはそう遠くないエリアのようだ。
 
被災地への慰問や慈善事業を彼もまたこの間、帰省するたびに行ってきたのではなかっただろうか・・。
 
因みに熊本ではこれまで名力士は何人となく輩出しているのだが、大相撲での優勝力士はまだいない、という事であった。則ち正代が熊本県出身力士の初優勝という事のようで、相撲の盛んな郷里熊本では大いに盛り上がっているようだ。
 
 
 
               
 
 
 
翔猿という力士が今場所は、土俵を大いににぎわせた。
 
千代の富士を想起させる風貌と、筋骨隆々の持ち主の力士はとても幕の内初入幕の力士とは思われない、どっしりとした印象を受けた。年齢が28歳という事も多少影響していたのかもしれないが、その面構えとともに筋骨隆々のその体格も落ち着いた印象を与えていたのかもしれない。
 
彼の顔は常に「戦う男の面構え」で、それを見るたびに私は昭和の大横綱「千代の富士」を何回となく想い起こした。
 
 
 
              
 
 
 
 
かつても述べたように正代は「北の湖」をやはり彷彿させた。
二人とも私とは同世代で昭和の大横綱であり、共に北海道出身の力士であった。更には二人とも今ではすでに鬼界に籍を置いている。
 
相撲界の人間は他の世界の人間たちに比べ、寿命が短い傾向にあるという。格闘競技である点や大酒を飲み、大食いをすることが職業柄求められる世界であるからかもしれない。
ある種の職業病なのかもしれない。
 
 
それにしても「大相撲の力士」という人たちの被災地での慈善行事を見るにつけ、大地震や大津波、集中豪雨や台風による被災者たちにとっては、大いなる癒しの存在であることを、改めて報道などを見ていて感じるのである。
 
多くの日本人にとって大相撲の力士という存在は「心の傷を癒し」てくれ、更には少なからぬ希望を与えてくれる存在であることを、私は時々識る事が出来るのである。
 
 
 
 
       
             北の湖              千代の富士
 
 
 
 

 相撲の神様3照ノ富士の優勝編」: 2020年8月3日 

 
 
今場所の優勝は、報道などを賑わしているように照ノ富士が賜杯を手にした。
今回の優勝もまた相撲の神様から賜ったご褒美だったのではないかと、私は想っている。
 
照ノ富士は今から4・5年前はホントに強く、パワフルで向かうところ敵なし!といった感じであった。
 
今回の優勝インタビューで彼自身も語っていたように23・4歳の前回の優勝の頃は「イケイケどんどん」で、怖いもの知らずの若武者であった。
あの恵まれた身体と強気の攻めで、大関であった彼が横綱になるのは、ほとんど時間の問題だと私は思っていたし、多くの相撲ファンもそう思っていたのではなかっただろうか・・。
 
 
そんな怖いもの知らずの若武者大関も、両膝を痛めた頃から従前のパワーが感じられなくなった。踏ん張りが効かなくなって上半身で相撲を取るようになってからは、優勝争いからは遠ざかり、やがて一桁台の勝利が続き、いつの間にか大関も陥落してしまった。
 
目つきも従来の様な自信に満ち溢れた、ある種の傲岸不遜を思わせる眼から、不安や迷いが感じられるような弱弱しさを帯びるようになった。
 
その当時の彼は師匠の伊勢ケ浜親方に「相撲を辞めたい、引退したい」と何回も相談し弱音を吐いたという。
 
しかしその都度師匠から励まされ「体を作る事にトライし、それで結果が出たらその時に考えよう」といったようなことを言われ続けたという。
 
そのほか家族や部屋のおかみさん、後援者たちといった多くの人に励まされ支援を受け続けて
「相撲を信じ続けることが出来て」努力をしてきたという。
「相撲を信じ続けてきて良かった」とインタビューでも語っていた。
そう語る時の彼の眼には、うっすらとした潤みが漂っていたように見えた。
 
 
 
                  
 
 
 
現在28歳になった彼は、23・4歳の大関という絶頂から25・6歳で陥落し、27歳の去年には序二段まで落ちたという経験をしている。
 
大関というのは横綱に続く上から二番目の位置であるが、序二段は序の口に続く下から二番目の位置である。その彼もこの五年間で齢を五つ重ねた。
今ではもう若武者という年齢ではない。
 
師匠の言葉を信じ痛めた両膝に加え、糖尿病と肝炎という内臓疾患を患っていた身体を鍛え続けて、「身体を作る」努力をしてきた成果が現れて、この一年の間に下から二番目の位置から「三段目」「幕下」「十両」と這い上がって、今場所やっと「幕ノ内」に帰って来たのであった。
彼は最悪の時は車いすに乗っていたのだという。
 
 
この五年間、とりわけ引退を決意した大関を陥落した頃の、数年間の苦しい時期の事が思わず甦ったのであろうか、
朝ノ山の相撲が終わり自身の優勝が決まった時、照ノ富士は遥か前方の上部を見ている様であった。
それは泪を流さないように努め、こらえるているように、私には想えた。
その想いは天国から地獄を味わった者だけが知ることの出来る感慨なのかもしれない。
 
そしてその五年間の照ノ富士とその周辺に起こった出来事を、相撲の神様はジッと観ていてくれたのではなかっただろうか、と私はフと想った。
八百万の神を信じる私にはそのように想えて仕方なかったのだ。
 
一回りも二回りも精神的に大きくなり、人間的にも成長した照ノ富士の今後を相撲の神様と共に私もまた見守り続けたい、とそう思っている。
 
 
照ノ富士がインタビューを終えた後、紋付き袴姿の師匠伊勢ケ浜親方が花道で、何回となく目頭を拭いていた姿が、私は忘れられない・・。
 
照ノ富士の幸せは、佳き師匠に巡り合えたことだったのかもしれない。私はこの時の師匠の姿を見て、そのように感じたのであった。
 
 
 
                         
 
 
 

  相撲の神様2徳勝龍の優勝編」: 2020年1月28日

 
 
今年の初場所が先日終わった。
最近感じているのだがこの「初場所」という歳の初めに行われる場所では、毎年のように新しいヒーローが登場し、相撲ファンたちを喜ばせているようである。
どうやらこの初場所では、定番の横綱陣の優勝ではなく、平幕や思わぬ力士が優勝する傾向があるようだ。
その結果大相撲は今回も世間の耳目を集め、新たな相撲ファンを開拓し、話題をさらっているような気がしている。これも相撲の神様の成せる業か・・。
 
かつての例では「玉鷲の優勝」「栃ノ心の優勝」「琴奨菊の優勝」がそうであったし、今場所では「徳勝龍」と「正代」の活躍や、炎鵬の頑張りもそうであった。
 
 
その徳勝龍や正代は、あまり自分の心の中や想いを表に出すタイプではなく、どちらかというとヌーボーといった表情であることが多く、その腹の出た体格と共に昔ながらの「あんこ型の力士」といった印象を、私は長い間抱いていた。
 
それに2人ともこれまで目立った活躍はしておらず、
徳勝龍であれば「十両と幕の内下位の間」を行ったり来たりしている33歳という、すでに峠を過ぎた相撲取りという印象を抱いていた。
正代にしても「幕の内の中位と下位の間」を行ったり来たりの20代後半の体格の良い力士、といった印象をずっと抱いていた。
 
その彼らが今場所では最終コーナーに入っても、いつものように途中で失速することなく勝ち続け、ついに千秋楽まで1敗や2敗のままで勝ち残り、優勝争いの先頭ランナーであり続けたのであった。
 
 
TVの元横綱の解説者「北の富士」氏が言っていたのだが、今場所の後半になっても「二人の力士の肌・艶はハリを持ち続け輝いていた」そうだ。その身体のハリは最終盤においては「ある種の神々しささえ放っていた」という事の様だ。
 
私達にはTVを通してしか見る事の出来ない、彼らの今場所の肌・艶は、間近で見ることの出来る解説者にはその肌や艶の違いが、明確に確認出来たようである。
私はその解説を聞いて妙に感心したのであるが、似たようなことをかつて作家の浅田次郎氏が言っていたことを思い出した。
 
 
浅田次郎氏は、かつて売れない作家であった頃から競馬が大好きで、府中競馬場などに通ったこともあったらしく、お目当ての馬に年越しの生活費を賭けて勝負することもあったというようだ。
 
その時彼が馬券購入という最終決断をする際にやったことが、主催者が馬券を購入する予定のファン達に見せる「出場馬のお披露目」の様な場面に必ず立ち会って、お目当ての馬の肌や艶の、最新の状態をチェックし確認を怠らなかった、という事であった。
そしてその時のチェックをしっかり確認しておれば、当該馬の勝ちを逃すことが殆どなかった、というようなことを彼はエッセイに書いていた。
 
 
私は賭け事をやらないからよく判らないのであるが、生きている馬同士が速さを競う競馬においても、やはりレース直前の体調や身体の調子の良さが勝敗には重要なのであり、その時点での肌や艶の善し悪しが勝敗を決するのであるという事を、彼のエッセイを通じて何となく理解することが出来たのであった。
 
そして今回の相撲解説者北の富士氏の言った言葉が、かつての浅田次郎氏のエッセイで語っていた体験談と重なり、「やはり力士も肌や艶の善し悪しが、その場所の好・不調に影響するのか・・」と妙に得心したのであった。
 
 
 
                  
 
 
 
しかし今場所優勝した徳勝龍という力士は、なかなかユニークなキャラクターである様だ。クレヨンしんちゃんの「ボーちゃん」を彷彿させる風貌の力士であるが、優勝インタビューで語ったやりとりや言葉の端々からは、彼の人間性の純粋さや性格の良さが、観ている側にもビシビシと伝わって来た。
 
何十回も優勝を重ね、記録を更新することに関心のある優勝常連組からは窺うことの無い、苦労人の人間的な誠実さや味わいがとてもよく感じられた。
たぶん今場所の徳勝龍の優勝インタビューを通じて、新たな彼のファンが増えて行ったのではないかと、私は感じている。
 
こういう場面を体験すると、初場所のように意外な力士が優勝することの多い場所は、なかなか目が離せないものである。
 
 
更にまた今回は優勝を逃した正代であるが、今場所の彼にはかつての大横綱「北の湖」を彷彿させるような、「ふてぶてしいまでの力強さ」を感じる場面が何番かあった。
それはこれまでの彼にはあまり見る事の出来なかった側面であり、私の印象に残っていた。
彼もまた今場所を通じて、力士としての脱皮を経験している最中なのであろうか・・。
 
彼が今後もなお、その「ふてぶてしいまでの強さ」を感じさせる力士の姿を、私達に頻繁に見せてくれるのであれば、北の湖クラスの大横綱に大化けするかもしれない、と私は北の湖に似た体格/体形をしている彼を見ていてそう感じた。
正代もまた今後の成長や変貌を期待して止まない力士の一人であり、楽しみな力士の一人なのである。
 
 
 
 
                    
 
 
 
 
 
 
 

 相撲というスポーツ3「力士とケガ: 2019年5月26日

 
 
今日2019年の夏場所が終わった。
今場所もまた、多くのドラマがあった。数あるドラマの中で印象に残っている事としては「貴景勝の休場」の件があげられる。
 
先場所優勝した伸び盛りの人気力士の事であるから、前半は彼の話題が多かった。
立方体の体形のこの力士の、常に前に向かう相撲はとても判りやすく、迷いのない取り口といい好感が持てるので、私も彼には注目している。
 
その彼がケガで途中休場した。相撲は格闘技であるからケガが付き物なのは仕方ない。問題は休場から復帰のタイミングである。
彼は3日ほどの休場で再び土俵に立った。「ケガが回復した」から、「本人が大丈夫と言い」「出たいと言ってる」から、という事らしい。
しかし復帰戦は惨敗で、この試合で更なる負傷を重ねてしまった。
 
 
彼自身も、そして彼の師匠ともいうべき親方も「稀勢ノ里の経験」からは何も学ばなかったのであろうか、残念なことである。
いうまでもなく相撲は裸と裸で戦う格闘技である、中途半端な身体の状況で闘える代物ではない。その事はその世界の人間なら、力士も親方ももちろんの事、百も二百も判っているであろうのに、残念なことだ。
 
目先の利益や結果に逸(はや)らず、中長期的な視野や覚悟が欲しいものである。
23歳の若者以上に人生経験の豊富な、部屋の親方には特に強く望みたいものである。
この点においては白鳳や鶴竜の対応を見倣ってほしい。
「心・技・体」の三つが整わないのであれば、出場を見送る勇気も必要であろう。
 
横綱である彼らはその点はしっかり理解しているようで、年に何回かは休場している。「心・技・体」が満たされている時には出場し、それなりの結果を出し続けている。彼らを見倣ってほしいものだ。
貴景勝及び部屋の親方には「万全な身体」と、「逸る心を制御できる精神面」の成長が待たれる。
 
 
次に後半というか終盤のテーマは、栃ノ心の大関復帰と優勝争いである。
今回の場合で言えば「栃ノ心の心の問題」とおとといの「朝之山対栃ノ心戦の判定」であった。
 
そのうちの「朝之山対栃ノ心戦」の問題は、審判団の判断の不適格さが話題になった。
あの試合が難しい試合であったことは、だれもが認めるであろう。
 
実際にあの取り組みを何回も動画などで見返して観ても、簡単に勝敗を決しがたい相撲内容であったと思う。
その難しい微妙な試合の判定をするのに、審判団は6分近くも土俵上で喧々諤々と、議論し続けた。そして結果的には、朝之山の勝ちとした。
 
 
 
       
                        
 
 
 
最終的には「一番近くで見ていた審判(親方)の意見を尊重した」という事らしい。が、私にはとても経験豊富な大人の判断とは思えなかった。
果たしてあの試合には、無理に白黒をつける必要があったのであろうか?
 
いうまでもなく相撲のルールには「取り直し」という判断があるのに、そういった判定には成らなかった。審判団、とりわけ審判長の大きな判断ミスであろう。
 
微妙で難しい相撲内容で審判団の意見が大きく分かれ、なおかつVTRで確認しても簡単には結論が出せない内容であった。
審判団が6分間も協議しなければならない内容に、無理やり判定を下した審判長の責任は大きい。
今場所の検証時には大いに問われなければならない問題である、と私は思う。
 
 
次に「栃ノ心の心の問題」である。最初の8・9日目までは特に問題はなく、栃ノ心はかつての優勝した時のような力強さが目立ち、10勝し大関に返り咲くことに問題はなかろう、と思っていた。しかしあと一番がしばらく勝てなかった。
 
この問題は何といっても彼自身の心の問題だと思う。疑惑の朝之山戦を除けばほとんどは自滅に近い負けであった。
最終的には10勝出来たから良かったのであるが、彼自身心の鍛錬の必要性を改めて自覚したのではなかっただろうか。いや是非ともそうあってほしいものである。
 
 自分が克服しなければならない課題が明確なのは良いことである。自分が成長するきっかけが、そこにはあるからである。
 
自らを更なる高みに向かわせるためにも、しっかりと反省して人間的な成長を遂げてもらいたいものである。彼の成長は大相撲を間違いなく面白くするであろうから・・。
彼の人間的な成長を、私は期待してやまない。
「相撲道」をさらに極めてほしい。彼自身のためにも。
 
 
 
 
               
                
 
 
 
 

 相撲の神様「玉鷲の優勝」: 2019年1月28日

 
 
昨日、初場所の相撲が終わった。結果はご存知の通り玉鷲の優勝であった。
34歳の優勝は史上二番目の遅さという事で、遅咲きの力士と言われている。
派手さのない取り口や控えめなパフォーマンスと日本人的な風貌とで、日本にも少なからぬファンは居る様だ。
 
黙々と鍛錬を重ね、努力を惜しまなかった彼は、これまで大きな怪我をすることもなく、連続出場を1150回近く続けているらしい。これもまた彼の人柄を現わしているように思える。
そんな地味で控えめな印象の玉鷲が、4・5日前に横綱白鵬との取り組みを前にして、
「横綱には勝ちに行きます」と、珍しく大口を叩き、言い切った事を覚えている。
 
穏やかな眼をして、静かな口調でそう言い切った姿を見て私は、彼の心の中と決意とを観た気がした。玉鷲の自信に裏付けられた決意表明だ、と感じたのである。
そして結果は、有言実行であった。
 
 
優勝から一夜明けた今日、やはり地味な印象の師匠である「片男波親方」と共に、マスコミのインタビューに応えた玉鷲の話で印象に残った言葉があった。
「夢は叶えるものなんですね・・」と言っていたのだ。
 
 
 
             
 
 
 
 
「夢は叶うもの」ではなく「叶えるもの」といった言葉に、我々の知らない彼の日々の稽古に向かう姿勢や精進する姿が在ったんだな、とそんな風に思いが至った。
そしてその言葉の後ろに、黙々と稽古に励む彼の姿が観えたような気がした。
 
今回の遅咲き力士の優勝はそんな彼の日々の絶え間ない努力に対する、相撲の神様のご褒美だったのかもしれない、などと八百万(やおよろず)の神の存在を受け入れる私は想ったのであった。観ている人(?)は見ているのだと・・。
 
 
そのほか今場所感じたのは「御嶽海の驚異的な回復」と「貴景勝の善戦」、治療を中途半端にして土俵に上がり続けた「稀勢の里の引退」とであった。
マワシ一つの裸一貫で闘い合う大相撲には、沢山のドラマがあり目が離せない。
 
そして私達観客の知らないところで、黙々と自分と闘っている多くの力士が居ることを、時折知らされるのである。相撲道に励む力士たちの存在を、である。
 
「出来るだけ永く、出来たら40過ぎまで相撲を取り続けたい」と穏やかな眼で嬉しそうに語っていた玉鷲を、これからも注視していきたいと私は想ったのである。
 
 
 
          
 
 
 
 

 相撲というスポーツ2「貴景勝: 2018年11月26日 

 
昨日本年最後の大相撲、九州場所が終了した。
結果はご存知な通り貴景勝という、縦・横・高さがほぼ同じに見える立方体の若武者が優勝した。ゴムマリの様によく跳ね動く力士で、あの立方体でブチカマシをすると相手はたいてい腰が砕けてしまうようだから、相当の破壊力があるのだと思われる。
 
かつて小錦という力士が居て、大関迄上り詰め強烈な突き技である「プッシュ」で相手を土俵外に跳ね飛ばしたものである。その小錦が何となく重なる力士である。 
その彼は勝敗の結果をあまり顔に出さないタイプで、横綱の鶴竜あたりと同じタイプなのかもしれない。
 
 
22歳という若さで13-2という成績は立派だったと思う。父親の薫陶を受けて相撲道を迷わず目指してきたという。
その彼にとって今場所は、格別の想いがあったのだと思う。
師匠の貴乃花の迷走により貴乃花部屋が解散し、師と仰ぐ師匠自身も引退という結果に成っていたからである。
 
その貴乃花部屋に在って、22歳の若さで小結として所属部屋力士の先頭を走って来たのである。心に期するものが在ったのではないかと想う。
その想いが強かったが故に、勝敗に一喜一憂せず今場所は闘い続けて来たのではなかったか、などと想って童顔のポーカーフェイスの心中を察した。
 
苦労は若いうちにした方がその人間を大きく成長させることに繋がるのではないかと、私は常々想っているが、彼の歩む道も平坦ではないだろう。
あの立方体の身体から繰り出すブチカマシやツッパリ、押し相撲がどこまで、そしていつまで通用するか判らないが、これからも注視していきたい力士の一人ではある。
 
ひとまずは優勝おめでとう!
 
 
                  
 
 
              
 
 
 
 
 

 相撲というスポーツ : 2018年9月28日

 
 
つい先日大相撲の秋場所が終わったところである。
今場所は結果的には白鵬の全勝という形で、優勝者が決まったわけだが優勝争いは決して一方的なものでなく、最後まで複数の力士が優勝を争い絡み合った事で、なかなか楽しく見させて貰うことが出来た。
 
私自身は小学生のころまでは割と相撲が好きで、ラジオやTVを通じて好く観もし、聴いてもいたものだったが、中学生のころから遠ざかることが多くなって行った。サッカーが興味の対象に変わったこともある。
それに所謂伝統的なスポーツに対して、何となく距離感を抱くようになった。
 
これはまぁ相撲に限らずだが、思えばそれは自我の確立や自己の人格形成確立、といった事にも関係していたようにも思える。
 
その頃私はそれまで馴染んできた事や、当たり前な事として無条件で受け入れてきた事&価値観に対して、一旦立ち止まって考え、見つめ見直す、といったスタンスを取り始めたのであった。
 
それはまた既存の価値観や、その時点での支配的な価値観に対し、疑問を呈すという事をも意味していた。その行為は私自身の成長のプロセスには望ましい事だったと、今では振り返ってそう思う。
 
若いころは体力はもちろん気力も充実していて、新しい事にどんどんチャレンジする事が十分可能だったからである。そのためには既に出来上がった価値観や、確立していたそれまでのノウハウに対して疑問を抱くことが、それらを打ち破るエネルギーの源にも成っていた。
そして何よりもまた、当時の私には時間がたくさん残されていた。
これまで生きてきた時間よりもこれから待っている時間の方が長く、ほとんど永久的に将来が続くのではないかと、錯覚もしていた。
 
 
自分の人生が有限であり将来というのは、これまで生きてきた時間程度しか残されていないのではないかと、そんな風に考えるようになったのは40歳を過ぎた頃であった。
 
それはまた体力や気力の衰えを意識するようになった事とも無縁ではなかった。
それ以上に自分の能力の限界を痛感するようになり、何にでもどんどんチャレンジしてく事に限界を感じたこともまた、無縁ではなかったようである。
 
何回もチャレンジをして、その都度限界にぶち当り挫折を経験する、といった事を繰り返しながら、ようやく自分という人間の輪郭がぼんやりと見えるようになったのも、やはり40前後ではなかったかと思う。
30代の後半に他人より遅くではあったが、家庭を持ったことも多少は影響をもたらしていたのかもしれない。
 
 
さて、そんな私が再び相撲に関心を抱くようになったのはここ6・7年のことである。
八百長相撲がマスコミで取りざたされて、その後東日本大震災があって力士達が被災地を慰問で訪れ、被災者たちを励ます姿を報道などで見聞きするようになった頃からであった。
力士たちの慰問という行為が、被災者たちにとって少なからぬ励ましや癒しに成っていることを目にして、私自身もう一度相撲を見るようになったのである。
 
4・50年ぶりに改めてみることに成ったそのスポーツは、サッカーなどのスポーツで見慣れた所謂チームプレーとは、趣を異にする全く個人のスポーツであった。
一人の力士が自分独りで、自分のために闘い、時には自分自身と闘っていたのであった。
 
おしゃれなユニフォームやウエア類&シューズといったものは全く身に着けず、ユニークなヘアスタイルもそこには何も無い。
もちろん胸や肩の周りにはスポンサーのロゴも見当たらない。
 
まさに裸一貫で、伝統的に定められたちょんまげを 生やし、マワシという名のふんどしをまとっているだけである。
ある種の新鮮さを感じたのである。
 
 
                  
                  
 
 
 
 
それ以来私は大相撲を定期的に見るようになった、と言っても私が見始めるのは17時15分頃からの、中堅以上の上位力士たちの相撲であるのだが・・。
私はこれまで同様チームスポーツの典型であるサッカーを見続けることは止めないしまた、全くの個人スポーツである相撲を見ることも止めないであろう。
両方とも私をワクワクさせてくれるし、十分楽しませてくれるからである。
 
さて、翻って貴乃花は今、いったい誰と闘っているのであろうか・・。
日本相撲協会という組織か、それとも一部の考え方や価値観を異にする親方や理事達であろうか、はたまたそれとも自分自身であろうか・・。
昨今のマスコミ報道を見たり聞いたりするにつけ、私はそんなことを考えるのである。
 
  
 
 
 
 

 

 
 
         
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 逸ノ城と正代

 
今回の名古屋場所で優勝したのはご存知な通り「逸ノ城」であった。
 
逸ノ城は客観的には恵まれた身体を持った名前の通りの将に逸材である。それは誰が観ても判ることだ。
 
ところがその恵まれ過ぎた身体を持った彼は、これまでほとんど優勝候補に挙がってこなかったことも事実である。
 
しかし逸ノ城は幕の内に入ってすぐの場所で優勝争いに絡み、千秋楽の白鵬戦で敗れるまで多くの相撲ファンを沸かせてきた。
書くいう私もその一人で、あの大きな体ですい星のように現れいきなり千秋楽まで勝ち続け、優勝争いまで驀進して行ったのには大いに驚きかつ期待したものであった。
 
この時彼は21歳頃であったという。
 
 
 
 
 
 
 
 
 



〒089-2100
北海道十勝 , 大樹町


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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