そしていよいよ春の到来になり
”衣の上に、衣を更に重ね着する”季節、
即ち”着さら着=如月”から、弥生三月にと替わって行くのである。
0229
昨日は、3.11の「東日本大震災」記念日であった。
マスコミなどでもこの記念日を中心に、いくつかの「震災関連番組」が造られ、放映されていた。
今月は大船渡市中心の山林火災もあって、”天災“について、改めて思いを致す事があった。
去年は能登半島震災であったから、地球のプレート活動が盛んな日本列島に住む以上、地震は避けて通れないテーマである。
そんな思いに浸っていると、ニュースで北海道の太平洋側地域において、”千島海溝の地震発生リスク“についての報道があり、この海溝に少なからぬ地震の発生原因に繋がる
”ヒズミ“が、現在かなり蓄積されていることを知った。
そんなこともあって、改めて家族で”地震及び津波"発生時の対応に関して、情報を共有しupdateを済ました。
「3.11」は「東日本大震災」の記念日であるが、同時に我が家の「地震及び津波対策」再検討日であり、update対応日でもあった。
”過去から学び現在に活かす”という事であろうか・・。
0312
春の”彼岸の入り”であった今週は、968hPという台風並みの低気圧が、北海道東部(道東)を襲った。
この季節には時おりある自然現象であるが、”春の嵐”の変形であろうか・・。
重くて大量の湿った雪は、40~50㎝ほど積もったが、見かけほどの影響を与えることは無い。
晴天が続き、気温もプラス一桁台の日々が続けば、数日で溶けてしまうからだ。
重くて湿った春の雪
実際のところ週間予報では20日の”春分の日”を境に、最高気温が10度前後に成る事が予測されており、春が一気に到来するのである
将に”暑さ、寒さも彼岸まで”そのものなのだ。
とはいっても、GWが終わる頃までは今後も雪の降ることは推測されるのであり、まだ”冬が終わる”とは言えないのだ。
行きつ戻りつを繰り返しながら、北海道ではゆっくりと春に向かっていくのである。
0317
⛄ ⛄ ⛄ ⛄
本来ならば雪が降るべき時節なのに、雨が降っていた。
雨が止むと、上空を小白鳥やカモなどが群れを成して飛行している。
本州では25度を超える夏日なのだという。
窓の外では虫たちの姿も目に付くようになった。
”雨水””北帰行””啓蟄”いずれも春の先駆けなのである。
春分の日を過ぎ、彼岸が終わると一気に春が進んで来た感がある。
そしてサッカー日本代表である。
先の21日のバーレーン戦、昨日のサウジアラビア戦の3月の連戦は、勝ち点4を得た。
バーレーン戦の勝利で来年のW杯への出場を決めた。
喜ばしい事である。
バーレーン戦の勝利の立役者は1アシスト1ゴールを決めた久保建英であった。
彼の奮闘が今回のW杯出場を決定づけたのは間違いない。
さはさりながら、相変わらずの”個人技頼み”で、チーム戦術が乏しく、チームとしての約束事の乏しい森保采配では、限界が見えている。
今回のバーレーン戦やサウジ戦でもその点は変わらなかった。
今の闘いのままではこれまで通りグループリーグ突破が関の山であろう。
個々人の能力が歴代最強レベルであっても、チーム戦術やチームプレーで勝てるように成らないと、Best8の壁は越えられない。
個人能力重視の森保監督采配の限界は、今回の二つの試合でも明らかである。
JFAの会長が田嶋から宮本氏に替わったのは希望が持てるが、森保氏の交替が実現しない限り、日本代表は次のステージには上がれないだろう。
これからの14ケ月W杯本番までに何が起きるのか、期待感を込めて注視していきたい。
0326
弥生三月の春の嵐が過ぎ、首都圏での桜の花の開花が進み”花見”に浮かれる時節が近づいている。
北海道の道東十勝は、厳寒期の放射冷却が原因でマイナス20度台はザラで、時に30度台に成る事もあり本州の桜”ソメイヨシノ”などは冬を越せない。
そういった厳しい自然環境の中で育つのは”エゾヤマザクラ”である。
しかしながら足の長いその桜は、胴太短足の”ソメイヨシノ”を見慣れてる身には、物足りない。
そんな事もあって、数年前に山梨で法事が有った時に、富士河口湖町で”富士桜”の苗木を5本ほど購入して、庭に植えている。
富士山の標高1000m近くでもしっかり生息する”富士桜”は、北海道南十勝の厳しい環境でも育つのではないか、と仮説を立てたからである。
エゾヤマザクラ
その中でちゃんと根付いたのは3本のみで、このまま順調に育つかどうかは何とも言えない。
それら”富士桜”の花が開花するのは、まだ2・3週間は先だと想われる。
私が札幌や函館に行って戻って来るその頃には、既に開花しているであろうか?それとも未だし、なのであろうか・・。気になるところである。
来週からは、連日最高気温が2桁台になるから、である。
まだまだ幼い富士桜の花弁
0406
昨日2週間ほどの札幌・函館遠征の帰りに、日高山脈の中腹からいよいよ十勝に入る、という「新得」の山麓で特急列車が、急停車した。
”列車が何モノかに衝突したので、停車します”との車内アナウンスが流れた。
その間、乗務員が列車の車両前部辺りを確認した様で、14・5分間停車していた。
運転再開を待つ間私は”何に”衝突したのだろうか、と思いを巡らせつつ車窓から周囲を見廻した。
小鹿が跳ねながら右上奥に消えた
すると、山間の鉄路に架かる小川の先を白いお尻をしたベージュ色の小動物が、ピョンピョンと跳ねて林の中に逃げていくうしろ姿が観えた。
そういえば「追分駅」を過ぎて日高山脈に入り、「新夕張駅」を越えた辺りから、車窓から何匹かのエゾシカを目撃したことを思い出した。
「占冠」周辺では母鹿に率いられたと想われる4・5匹のファミリー、「トマム」を過ぎた辺りでは立派な角を生やした牡鹿や、それとは別の親子2匹連れ、といった具合にである。
山のあちこちには、そこかしこにフキノトウの群生が確認できたから、ようやく日高山脈でも春の息吹が感じられていたのだ。
それら春の山の恵みを求めて、厳しい冬を越したエゾシカたちが早春の日高山脈を闊歩していたのかもしれないな、などと想い始めた。
残雪の中のフキノトウ
先ほどの小鹿が、小川沿いの林の中に逃げ込んだのはひょっとして、連れ立って夕食を求め闊歩していた母鹿や、兄弟鹿・姉妹鹿が特急列車の犠牲になったから、なのだろうか・・。
とそんな風に想像したら、少し心が痛んだ。
あと一日で4月が終わるという、GWのさなかに小雪が降った。” 戻り寒波 ”である。
4・5年に一度の事ではあるが、北海道ではGWが終わりきる頃までの間に雪が降り、それなりに積もることがある。
今年の場合は4・5㎝で済んだから、まだましな方である。まれに数10㎝積もることもあるからだ。
とはいえこの時期の雪は水分量の多い雪で、根雪になる心配はなく、2・3日の内に溶けてなくなる。
従って全く心配はしていない。
新芽の出始めた緑の牧草地にも雪が積もる。
問題なのは、冬用の雪タイヤから夏タイヤに交換してしまった場合は運転に支障があるが、幸い現時点で我が家はまだ雪タイヤのままである。
それとGWが始まった先週末辺りから来道している観光客が、慣れない運転でスリップ事故を引き起こす事である。
観光客さんよ、GWが済むまで北海道は雪にご注意ですぞ⁉とアドバイスしておきます。
因みに明日からの週間天気は、最高気温が二桁台で推移するという事で、この雪も間違いなく1・2日で溶けることに成るであろう。
ー昭和の日ー
先月私は札幌と函館に計2週間ほど滞在していた。
これからの10年、即ち70代をどう過ごすか、に繋がるきっかけを探したり、私の関心事を確認するため、であった。
この間幾つかのチャレンジをしたが、実の結ばない事が多かった。
が、多少の成果はあった。
その数少ない成果が「子ども食堂」運営者との情報交換だった。
函館の住宅街で「子ども食堂」を運営している社団法人を訪ね、彼らが現在やっている事などを教えてもらったのであった。
6~80代のおじさん・おばさんが中心になって運営しているその団体に、私が関心を抱いたのは「子ども食堂」と同時に「子供の居場所」を造り、積極的に運営している点に共感を覚えていたからであった。
「家庭」と「学校」のどちらにも居場所を見つけられない子供たちが少なからず居て、生きずらい思いをしながら毎日を過ごしている事は、いろんな情報を通じて私も知ってはいた。
そんな彼らのために”居場所”を提供しているのが、その社団法人の主要なテーマで、「子ども食堂」運営と共に大きな柱であった。その運営や活動の実態を見、聴きする事が出来て参考に成ったのである。
私は将来「喫茶店」と「子ども食堂」とをやってみたい、と考えているのであるが、その際の参考にしたいと思って尋ねたのであった。
と、同時に私はこれからますます進む「高齢化社会」や「孤老人口」が増えることも意識していて、「子ども達」と同時に「孤老達」にとっても”居場所”となる空間を造っていきたい、と考えているのだ。
私の現時点での問題意識は、「子供達」と共に「孤老達」にも向かっており、その辺りに繋がる環境整備を自分の身の回りで始めたいものだと、考えているところである。
ーこどもの日、を控えてー

GWが過ぎ最高気温が20度前後になり、街のあちこちでエゾヤマザクラが咲き始め、十勝の春が確信出来たので昨日この時季恒例の”ビニールハウス架設”を始めた。
近所の農家さんの助力を得て、毎年この時期に行う行事である。
Before
After
H=3m弱のハウスを架設するのに、人力だけでは負担が大きすぎることもあって、トラクターなどを出してもらって架設すると、2時間足らずで作業が終了する。
架設作業が終わった後に、”手巻き寿司 ”でお礼をするのが我が家の慣習で、それを食べながらお酒を飲んで雑談する事に成っている。
家人に比べ、普段の近所お付き合いが少ない私にとっては、貴重な近所付き合いの行事であり、その際に聞く昔ばなしや開拓に関わる苦労話、ご先祖のルーツに関する話や移住時の話等は、私にとって貴重な情報であり時間なので、この雑談を私自身も愉しみにしている。
その手巻き寿司を準備するのは、料理が全く苦にならない私の仕事で、鮨し種のSELECTから、海苔の品定め、魚類の若干の加工などは前日から喜んで関わっている。
今年はご飯に掛ける三杯酢の量が少なかったことが不満であったが、それなりに美味しかったので、まぁ満足はしている。
酢飯の準備は家人が行っているが、5回の内満足なのは3回くらいしかなく、不安定なのだが仕方がないから諦めている。
家人の料理は安定していないのだ。
”旨い飯を食べる”ことに人生の喜びを感じている私が、家で料理を作ることに成ったのは、それが原因だったのだ。
料理に対する情熱や思い入れが、家人と私は違うのである。
家人とは、”腐れ縁 ”だと思ってるので、出来るだけ自分で作るようにしているが、”ご飯炊き ”だけは私は手を出さないで、口だけ出すようにしている。
彼女にも、出来る事はやってもらうようにしているからである。
いずれにせよ無事にビニールHの架設が終わったので、今日からBハウスの活用がスタートする。
これからほぼ半年の間、多くの野菜類をハウスで育て、収穫する事に成る。自家栽培の野菜たちとの今年の生活が、スタートするのである。
0511
五月も半ばを過ぎると、周辺の草木が一斉に、かつ活発に咲き始め、木樹の若葉も勢いを増して、目についてくる。
そして10日から二週間くらいのサイクルで、主役が入れ替わる。
エゾヤマザクラや梅の花から始まった樹の花も、富士桜や水仙に替わり黄色の鮮やかなレンギョウにと移り、最近はオオバナノエンレイソウにと替わってきている。
長身のエゾヤマザクラ 移植して3年目の富士桜
4月中旬まで続いた冬も、GWを過ぎると景色はすっかり春色に染まり、私達の眼を愉しませてくれる。
黄色いレンギョウはwelcomeフラワー オオバナノエンレイソウは大花の艶麗草?
そして鳥たちも盛んに春の季節を満喫している様で、カップル探しの婚活や縄張り主張のための、美声を競っている。
耳を愉しませてくれるのである。
と、書いたら
鶯が”ホーケキョ”と囀(さえず)った。
0519
6月は古来より”水無月 ”と呼ばれ、「水の無い月」と書く。
梅雨の時期にもかかわらず、何故”水無月 ”と言われているのかは、今もって理解できてないが、京の都や東京から遠く離れた北海道においては、将に”水=梅雨の無い月”なのである。
緯度の低い本州や奄美・沖縄方面では、この時季は梅雨の真っ盛りで大いに”水有り月”であろうが、緯度の高い北海道まで梅雨前線は上がってこないため、蝦夷地北海道は梅雨とは無縁の地なのである。
これには「ジェット気流」も関係しているらしい。
いずれにせよ北海道の”水無月”は、将に”梅雨に縁のない”「水無し月」なのである。
ところで先月から今月初めにかけては、「備蓄米の放出」の話題で日本中が湧いている。
主役は40代前半の小泉進次郎氏で、敵役は江藤前農水大臣と彼の仲間の自民党農水族議員たち+JA全農、という構図でこの劇はスタートした。
政府が60㎏(=1俵)12千円前後で農家から購入した「備蓄米」を、23・4千円で公開入札にかけその94・5%をJA全農が競り落とし、その際に1年以内に買い戻すという条件を付けた。
因みに12千円→23・4千円という事で、100%の利益を農水省は得ており、最終的に国庫に入る。
この「備蓄米放出」の仕組みを考え、作って来たのは農水省とJA&自民党農水族のトライアングルであり、JAから毎年数億円の政治献金が彼ら農水族議員に献金されており、Give&Takeの相互扶助=利害関係を構築している。と言う事実がある。
この「備蓄米放出」を指揮した江藤前大臣は「米を買ったことは無い」と自慢げに支持者の前で公言し、「米高騰」に苦しむ多くの国民の非難や顰蹙を買い、その結果石破首相に解任され、”農政改革”を標榜する若い自民党のプリンス小泉氏に取って替わった。
農水族の農水大臣が、「米を買った事がない」事には、毎年数百万円や数千万円の政治献金を、JAから受けている現実を知る身には全く驚かない。
JAから金をもらってる議員が同じJAから、米を献納されているに過ぎない、からである。
そして今回総理大臣から指名された、改革派の小泉新農水大臣が行ったのは、自民党農水大臣が固執し、利害関係のあるJAや農水族議員たちが喜ぶ「従来手法」をスッ飛ばし流通構造を簡略化し、加えて「一年後の買戻し」を行わず、「備蓄米」を直接小売業者に「随意契約」で販売する。
という改革である。
因みに3月から4月まで「政府放出米」の90%以上を落札した、JA全農経由の「備蓄米」の小売業者への販売率は、5月時点で全体の14~17%に留まっていた、という。
これでは「米の品不足」が解消されるはずはなく、ほぼ永遠にコメ不足は続き、「米価高騰」はいつまで経っても収まらないのである。
今回の改革に早速、JAから立候補して参議院議員となってる農水族の「野村元農水大臣」から、「従来のルールや仕組み」を守らない新大臣への「苦言」を、地元の支持者たちを前に演説したという報道が昨日入って来た。
因みにこのJA選出の元農水大臣は、JAから7千万円の献金を受けていた、と報道されている。
実に判り易い構図である。
今回の「小泉Jr劇場」がこれからどう展開するか、は不明であるが自民党の農水族議員や、一部の野党党首や重鎮が「批判」ばかりして、この「目の前の課題」を解決する手法を提示しないのは、誠に残念な事である。
国民が「政府放出の安い備蓄米」を行列をなして、買い求めている現実に有効な対策を打ち出さなければ、守旧派の農水族議員を利することに成るだけだろう。
批判や不満ばかり声高に叫んでも具体的な処方策を提示せず、不満を解消する策を講じようとしないならば「米の高騰」は続くことに成り、いつまでたっても解消されないのであれば、次の参議院選挙で国民からの審判を受けるのは、自民党の農水族議員と共に野党の指導者達という事に成るかもしれない。
06.05
米 米 米 米 米 米 米 米
先日平成を代表する元横綱白鵬が、「宮城野親方」職を日本相撲協会に返納し、退職することにしたその記者会見が行われた。
元横綱の白鵬は大相撲の優勝回数を始め数々の記録を塗り替えた、大記録保持者であり相撲の強い実力者であった。
彼のアスリートとしての経験や実績に、異を唱える人はほとんどいないであろう。
白鵬は強い相撲取りではあったが、横綱としての品格が優れていたか、と言うと必ずしもそうではなかった。
”心・技・体”の中の、「技」や「体」はそれなりに優れてはいたが、「心」はあまり磨かれて来た様には観えなかった。
時に勝つためには手段を択ばず
これは「プロレスか?」とか、
「オレは強いんだ!」
「相撲は勝てばいいんだ!」
といった類の取り口や、思いがプンプン匂う相撲内容が多かった様に、私には観えた。
そんな彼に私は「品位」を感ずることはなかった。
タイプとしては朝青龍に似ていたのかもしれない。
ひょっとしたらこれは「モンゴル相撲」と「大和相撲」の違いなのかも、と私は想っている。
飛鳥時代から続く日本古来の「大和相撲」は、「勝者を決める」
”力自慢 ”や”技自慢 ”の「スポーツ大会」、といった側面も有しているが、同時に”神事としての行事 ”という側面も有しているのである。
そして前者よりも後者に重きを置いているのが、飛鳥時代より続く「大和相撲」なのである。
試合前に「四股(しこ)」を踏むのは、土俵から”邪鬼”を払い、神様を迎える環境を整え、
「横綱」をマワシに張るのは横綱という神事を執り行う力士は、「神に仕える」「心技体」の充実した「力」と共に「心も充実」している、”神聖な選ばれし者”という側面を持っている。
祀りなどの神事を行う際に、「神に仕える」氏子の代表等が神事を執り行う前に、何日間も”身を清め ””禊(みそぎ)を行う”のと、同じ事なのである。
「横綱土俵入り」が試合の前に行われるのは、この神事の為であり、決してエンターテイメントのパフォーマンスではないのだ。
ところが白鵬は相撲をエンターテイメントの”興行 ”と考えている節がある。
彼の「取り口」や「優勝決定」後の”バンザイ三唱 ”という行為は、プロレスなどの”興行 ”であれば許されるし、盛り上がる行為であろう。
しかし私の様な「大和相撲」のファンや、「日本相撲協会」の幹部達が、白鵬のこれらの行為に違和感を感じるのは、この相撲に対する基本的な考え方の違いに、本質がある様に私には想える。
「神事」を伴わない「エンターテイメント」や「興行」は、「大和相撲」ではない、ということである。
そして今回の「退職報道」に、元プロレス番組の司会者古舘伊知郎が白鵬寄りのスタンスを取っているのも、私には理解できる。
更にはF1レースが大好きだという、トヨタ自動車の社長が白鵬の有力な後援者、だという事にも理解が出来る。
彼らは「エンターテイメント興行」や「勝ち負け」が、好きな人達だから白鵬の「興行相撲」が好きなのだろうと、想われるからである。
因みに白鵬は、これからの事業ビジョンに「世界相撲大会」や「銀座辺りでの相撲部屋=ジム開設」等の構想を、抱いているらしい。
それがニューbusinessとしての「格闘技興行主」に依る、「エンターテイメント」や「興行」という「ビジネスモデル」であれば大いにあるのだろう、と私は思う。
しかしそれは「神事」を伴わない、新しい「興行business」の事業形態であり、「新格闘技business」なのである。
決して神事を伴う「大相撲のupdate版」ではないのである。
白鵬という「新興行主」に依る「新しいbusiness」が、どの様な運命を辿るかについて、私には興味もなければ関心もない。
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昨日は今年の「夏至」であった。
夏至は言うまでもなく一年で最も昼が長い日であり、逆に一番短い「冬至」と共に、季節が大きく反転する「区切りの日」でもある。
「冬至」が冬から春への転換日であり、比較的welcomeな日として”祝祭感 ”を以って、ポジティブに受け入れられるのに対して”夏至 ”の場合は、そこまで祝祭感はない。
夏から秋、そしてやがては冬にと向かう事はあまり高揚感を伴わない、という事なのであろうか・・。
夏至を境に”灼熱の夏 ”を迎え、「秋分の日」を経て”実りの秋 ”に至ることは、本来は高揚感も高く「収穫祭」等といった、多くの果実や成果を得る歓びの時節であるはずなのだが、
”春を待つ ”想いよりも”祝祭感 ”や”高揚感 ”が低いのは、一体何故なのであろうか・・。
と、そんな事を考えながら今年の夏至を過ごした。
しかしながら確実に言えるのは、これからの5・6週間のあいだに一年で最も暑い日である「大暑:7月22日」や、「小暑:7月7日」がやって来る、という事であり「盆休み」が過ぎるまでは、覚悟して体調管理に臨まなくてはならない、という事であろう。
私の棲む北海道の道東は、本州ほどでは無いからまだ過ごし易いのであるが、冬季の「冬至」からの5・6週間がそうであるように、この季節の「折り返し地点」からの1ヶ月が最も厳しい時節である。
私達は”暑さ負け ”しない様に、その厳しい日々を遣り過ごし乗り切るための、準備と覚悟とが必要なのである。