春丘牛歩の世界
 
           W杯 チュニジュア戦 +α
 
昨日は今年の夏至である。一年で最も日照時間が長い日で半年前の冬至から6ヶ月が経過し、これからまた日一日と日は短くなり、今度は冬至に向かって行くのである。
 
先月末から今月の初めにかけては、ここ南十勝でも最高気温が30度を超える日が何日か続き、今年もまた暑い日が続くのかと、残念な気持ちでいたのであった。
 
ところが月初の数日を除き、それから二週間近くは20度前後の日が続き、この一週間などは日に日に気温が下がり、10度台前半が珍しくなくなっていた。
 
そして今日は何と最高気温が11・2度という事で、朝からペレットストーブを点けてしまった。
一カ月以上前、以来である。
 
 
 
          
 
 
 
このままこの様な気温が続くとなると”ヤマセ ”が懸念されるのである。東北や北海道の7・8月が冷夏になると、米を中心とした農作物の日照不足や低温の結果、不作が生じる。
 
数十年に一度東北や北海道では発生する現象で、飢饉や冷害に依る経済・社会問題が、かつての日本では発生して来た歴史を持つ。
今日の日本では、農作物の多様化や品種改良・物流のグローバル化等の結果、戦前の様なコトには成らない、と想われるが少なからぬ混乱は起きるのではないか、と懸念している。
 
 
そんな冷涼な日が続く中、地球の反対側で行われているW杯北中米大会では、日本のグループリーグ第二戦がチュニジュアと行われ、結果は4-0の勝利で勝ち点を3ゲットし、合計勝ち点が4となった。喜ばしい事である。
 
日曜日の午後1時キックオフということで、オランダ戦に比べ昼食後のゆったりした時間帯での観戦であった。
 
開始早々のDF冨安から右サイドへのロングフィードから始まり、右サイドにいた上田綺世→田中碧からの中村健斗へのサイドチェンジ、中村のドリブル後のゴール前への折り返しを、鎌田がヒールでのゴールへのパスは、見事であった。
                 
 
久しぶりの連携プレーが見られ、喜ばしい事であった。
攻撃面での連携プレーが少なかった森保Japanの、成長の後が見られたからである。
 
冨安のケガからの長期離脱とそれからの復帰と、鎌田のゴールに絡む位置取りが素晴らしかった。
 
更に両ウィングからのサイドチェンジ復活は、チェニジュアに限らず、次のスゥェーデンを含むゴール前でブロックを固めてくるチームに対する攻撃に対しては、とても有効であろう。
 
今後もこれを繰り返して、練度を上げて相手DF陣をズタズタにしてもらいたいものである。
 
 
       
 
 
この戦術は森保監督の指示というより、コーチ陣も含め選手間の意思疎通や、戦術への共通の理解があったから出たのではないかと、私は推測し独断している。
 
もし推測どおりだとすれば、これからの長丁場での展開は、頼もしいばかりである。
 
監督の指示待ちではなく自ら考え、それをチームとして共有し同じ戦術を選手たちが理解してのチームプレーであれば、試合を重ね長い時間を共に戦う中で、経験値を高める事が出来であろうし、その分成長が期待できるからである。
 
東京オリンピックの時の失敗を繰り返さないで、得た教訓が生かされているからである。
 
上田綺世の2得点や伊東純也の快速ドリブル後のゴールは、主として個人技での得点であったが、各攻撃人の特徴や個性をお互いが知っていて、理解していたからこその、アシストでありロングフィードであっただろう、と私は理解している。
 
 
 
        
 
 
今回の様な勝ちパターンを用いれば、背の高いDF陣でブロックを作り、ゴール前を固めてくる事が想定される、スウェーデン陣を崩すのはそう難しく無いだろうと、期待を込めて推測している。
 
金曜日の戦いが愉しみである。
 
 
また、こういう事だから久保健英君の戦列復帰は、トーナメントリーグからの合流で大丈夫だから、それまでに休養とリハビリを続けて、完治してから復帰して、それから活躍してくれたら、それで良いのである。まだ1ヶ月近くはW杯は続くのだから・・。
 
鎌田選手もゴール後パフォーマンスで、君に電話するって言ってたから、判ってるだろうと思うけどね・・。
 
 
         
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                 お知らせ
 
 
*6月2日:『近江之國編』「六角征伐」と足利幕府衰退」を公開しました。同編はこれにて終了しました。
 
 『甲斐源氏の祖、源義光』は以上で、完結しました。
 
 *6月16日:『サッカーW杯』の「2026年北中米大会」を開設し、北中米大会における「日本代表戦」についてのコラムを記載することにしました。
 同日第一弾として「06月15日:オランダ戦」を公開しました。
 
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                      牛歩
 
 

  南十勝   聴囀楼 住人

       
          
     
 
                            
      
          
       
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                                                                
  

 
   
      

  
 
  この物語は、これまでの安田義定公を巡る物語の一環で、『京都祇園祭と遠江守安田義定』の続編に成ります。
【 第一部 : 『 甲斐之國、牧之荘 』 】 は、
 
 勝沼ぶどうの丘編』と『黒川金山編』とによって構成されています。
 
前作で見て来た安田義定公と京都祇園神社や伏見稲荷大社との関係を探ってきた主人公(立花)が、改めて山梨県を訪れ旧知の義定公研究者である郷土史研究家達との情報共有と、義定公の甲州での本拠地である牧之荘安田郷や黒川金山の跡地を尋ねることに成ります。
 
【 第二部 : 『 越後之國、上越 』 は、
 
上越の甲州金山衆編』『糸魚川の舞楽』とによって構成されています。 
 
この「越後之國、上越」は、義定公の嫡男義資公が守護を務めた越後之國に残る義資公の足跡や痕跡を、探し求める物語に成ります。
 
いつものように「騎馬武者用軍馬の畜産・育成」や「金山開発」を切り口に「神社・仏閣」「流鏑馬」「祇園祭」といった神事や祭事を調べることからスタートします。今回はそれらに加え、猿田彦や秋葉三尺坊といった「修験者」の神様や関連する神社等が登場します。
更には糸魚川に残る「舞楽」もまた、重要な鍵となってきます。
 
 



〒089-2100
北海道十勝 , 大樹町


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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