初夏の南十勝 GWが終わり、例年より2・3週間早く咲いたエゾヤマザクラや、富士桜、そしてエゾノウワズミザクラといった桜たちも既に散った。 花たちの開花と共にニョキニョキと生え始めた、行者ニンニクや蕗・コゴミといった野草たちもすっかり大きくなり、食するにはすでに峠を越えた。 気温も最低気温が一桁台を脱し、二桁台が常態化し、最高気温は20度前後を行ったり来たり、と温かさが落ち着いて来た。 ![]() 洗面も温水から、常温の水道水で不自由を感じなくなった。 そして、ビニールハウスのビニール架けも先日済んだ。 と同時に待ってましたとばかり、初夏の先駆けアスパラがニョキニョキと生えて来た。 十勝の短い春が終わり、いよいよ初夏に突入したのである。 こうやって気候が好くなると、野生の生き物たちの動きも活発になって来る。 鶯を始めとしたヒバリや、名前は知らぬがチュルチュルチョチョピーと鳴く小鳥たちも、婚活や縄張り確保に忙しく、そのサエズりも盛んである。 早朝にはアカゲラと思しき、キツツキの枯れ木を突つく音も聞こえてくる。 遠からず、カッコーなどの澄んだ爽やかな声も聞こえてくるであろう、やはり婚活と縄張り主張のためである。 初夏の愉しみの一つだ。 そういった動きは鳥類に留まらない。 しっぽの太く長いキタキツネは、昨年我が家の番犬が亡くなってから、畑の中を我がモノ顔にゆっくりと闊歩する。 早朝や夕暮れになると両親を先頭に4・5頭の鹿ファミリーが、ピョンピョン跳ねながら牧草地帯を散策している。 ![]() 白い大きなお尻が目立つのは小鹿である。 そしてヒグマの出没も始まる。 山の森や林の近くの集落では、山菜採りの人々などが熊に出くわしたり、時には襲われたりしてるという、痛ましい報がTVニュースなどでも、連日報じられるようになった。 それもこれも春から初夏にかけて、北海道のどこそこでも見られる事象であり、風物詩でもある。 山”萌える”春、なのである。 我が家の庭でも、梅や桜に替わりモミジの新緑が芽吹き始めている。柔らかな黄緑色が春の風にユラユラとそよいで美しい。 冬の間茶色の枯葉しか見えなかったカシワの樹も、枝々の先端から柔らかな緑の新芽を少しずつ生やし始め、新陳代謝を進めている。 |
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春丘牛歩の世界にようこそ。 このページでは私の個人的な興味・関心あることについてコメントしている「随筆/コラム」や「歴史検証」を中心とした「物語」について書きしるしています。【 構 成 】1.随 筆①.「食べるコト、飲むコト」:飲や食にまつわる事柄を書いてます。②.「コラム2020年版」:2020年のコラムをこちらに載せてます。③「コラム2021」:2021年のコラムを載せています。④.「コラム2022」:2022年度のコラムを載せています。 ⑤.「コラム2023」:2023年のコラムを載せています。⑥.「コラム2024」:2024年のコラムを載せています。⑦.「コラム2025」:2025年のコラムを載せてます。⑧「新型コロナウィルス、コラム」新型コロナ関連専用コラムです。⑨「生きている言葉」:私の心に響いてくる言葉たちです。⑩『2022年W杯カタール大会』:日本代表の試合へのコメントです。A:「サッカー日本代表:W杯への道」:森保JAPAN以外B:「サッカー日本代表:森保JAPAN」:サッカー日本代表の森保JAPANへの応援や叱責です。⑪『相撲というスポーツ』:相撲に関することを書いています。2.物 語 ①.『甲斐源氏の祖、源義光』:安田義定シリーズ7 ②.『甲斐源氏と常陸之國』:安田義定シリーズ6 ④.『安田義定と秋葉山本宮』:安田義定シリーズ5 ⑤.『安田義定父子と、甲斐之國・越後之國』:安田義定シリーズ4 ⑥.『京都祇園祭りと遠江守安田義定』:安田義定シリーズ3 ⑧.『蝦夷金山と甲州金山衆(かなやましゅう)』:鎌倉時代の蝦夷金山の話 ⑨.『荒木大学と甲州金山』:甲州金山衆と甲州金山の物語。⑧の続編 ⑩.『大野土佐日記と甲州金山衆』:安田義定シリーズ1 ⑪.『甲斐源氏安田義定と駿河・遠江之國』:安田義定シリーズ2 ![]() 鎌倉時代の騎馬武者 3.スピンオフ:番外編 :コロナの影響で作った番外編 を基に』 |


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『安田義定と秋葉山本宮』 ―歴史検証物語― 前作『安田義定父子と甲斐之國、越後之國』において、猿田彦命にもつながる「秋葉三尺坊」という高名な修験者の存在を知る事に成った主人公立花は、その修験者「秋葉三尺坊」について調べることにした。 秋葉三尺坊は信州戸隠に生まれ、越後長岡の蔵王権現で修行して、その努力によって背中に羽根を生やし自在に空を飛ぶことが出来たとされる大修験者で、更に遠州春野町の「秋葉神社」にも関わったとされる修験者の世界のレジェンドであったという。 平安時代から鎌倉時代において活躍したと伝えられてるその大修験者は、偶然にも同時代に「遠江之國の国守」を務めた安田義定公と、彼の嫡男で源頼朝の領国の一つである「越後之國の初代守護」を務めた安田義資公の領国とに関係していたのである。 それを知って義定公&義資公と「秋葉神社」又は「秋葉三尺坊」との間に、何らかの繋がりがあるかもしれないと考えた立花は、手始めに遠州地区での新たな調査・研究を始めたのであった。 この物語は、『遠州の舞楽編』と『遠州春野町編』『神社仏閣と「社紋寺紋編」』とによって構成されている。秋葉山や春埜山の麓である北遠「春野町」においても、遠江之守安田義定公や彼の家臣であった、馬奉行の「宮道遠式」や金山開発を担った金山衆の痕跡や足跡を、幾つか確認する事が出来るのであった。 ― 遠州の舞楽編 ― 【 目 次 】 1.プロローグ 2.遠州の舞楽 ![]() 遠州平野と遠州灘 ![]() 国宝:安縄(秋葉山本宮神社、所蔵) ![]() 春野町大時の民家の石垣 |






![]() 〒089-2100 北海道十勝 , 大樹町 ![]() ] ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |