春丘牛歩の世界
 
 
本州では40度を超える酷暑日が、東海地区や西日本・東日本の一部等では起きている様で、いま将に夏が真っ盛りである様だ。
 
ところが我が南十勝はどうかというと、ここ1ヶ月の間に30度を超えたのは1日しかなく25度を超える日が5日あったのみである、冷涼な日々が続いている。
7月がもう終わるというのにである。
 
 
そして昨日などは最低気温が14度という事で、家人などは何とペレットストーブを点けた。”寒いからだ ”という。
私がこの地に移住して16年経つが、7月下旬にペレットを焚くなどという事は無かった、初めてのコトである。
 
直接的な原因は、北極の寒気団の影響を受けた「オホーツク高気圧」が本州の低気圧に向かって、冷気を運んだことから今日の寒さをもたらしているのだという。因みに昨日の最高気温は16度であった。
 
前回も書いたが、ラズベリーの花が殆ど咲かず、したがって毎年7月後半に採れる赤黒い果実が未だ収穫できないのは、この冷涼な気候のせいである。
 
しかしまぁ、暑い熱帯夜を過ごさなくても済むことは、私にとっては大いにwelcomeなので、その事に大きな不満はない。
 
 
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さて先日1-0でスペインの優勝に終わった、2026年のW杯北中米大会である。
今回の大会程多くの物議を醸したW杯は無かった。前代未聞のワールドカップであった。
 
大会の期間中から私が感じていた
「審判団のレフリングの質の悪さ」
「米国選手のレッドカード執行猶予1年間問題」
「アルゼンチン選手やパラグアイ選手の目に余るラフプレー」
等などである。
 
この元凶がFIFA会長を10年間勤めて来た、イタリア人弁護士出身のFIFA会長インファンティーノの、独裁的大会運営にあることを、今や世界中のサッカーファンや関係者は知っている。
 
 
 
            
 
 
 
そして、この会長の今回のW杯運営について、サッカー先進国の数か国のヨーロッパサッカー協会等から、多くの告発や批判が起きている。
 
更にはEUの政治機構からも今回のW杯の恣意的な運営や、不正が疑われる行為を「調査」する動きが起きている。
これらは今後時間が掛かっても、明らかになって来る事もあるだろう。その結果を私は楽しみにしている。
 
EU の政治機構が、スポーツ大会の運営を「調査」する等という事は、われわれ日本人にとっては意外に想われる事だろうう。
 
しかしヨーロッパの国民にとって、サッカーは「一つのスポーツ」にはとどまらず、「生活の一部」であり「文化そのもの」となっている事から、この様な「調査」が行われるのである。
それだけサッカーが生活の中に深く、かつ広く浸透しているのだ。
 
日本のW杯が終わった時に、イングランドでプレーする鎌田選手が、日本人とってサッカーが「生活の一部」や「文化そのもの」に成ってない事を嘆き、「国技」に至っていない事をぼやいていたが、将にその差がここに確認できるのである。
 
 
ところで今回の諸問題を引き起こしたインファンティーノであるが、彼は来年のFIFA会長選に立候補する予定でおり、その点に大いなる自信を持っている、という。
 
その理由は今回の北中米大会が”大成功の裡に終わった ”と、自ら評価しているからである。
 
彼はアメリカのトランプ大統領と親密な関係にあり、アメリカ選手の「レッドカード問題」や、今回大会の優勝国スペインへの「トロフィー授与時」でのパフォーマンスでも明らかな様に、実に似た者同士なのだ。
 
”金儲けが大好き ”で、”目立ちたがり ””権力が大好き”な人種である。
全くもって”類は友を呼ぶ ”のだ。
 
 
 
 
        
 
 
 
従って、厚かましい部類の人間であり、自らの成果を過大に誇示し、自己陶酔する傾向の人物でもある様だ。
 
次回での会長選立候補のエネルギー源も、その人間性が一つである、と私は推測している。
 
次に数字に対する評価である。
2022年のカタール大会の時のW杯関連ビジネスの「売上高」は
1兆2千300億円程度であったが
 
2026年の北中米大会での「売上高」は約2兆1千100億円程度であろう、
とドイツ銀行のアナリストは推測し、公表している。
 
 
W杯を「スポーツbusiness」や「エンターテイメントbusiness」と捉えれば大成功なのである。
この4年間で「売上高」は72%UPしており、FIFAを含めたW杯関連事業者の懐は、4年前と比べ1.72倍増加し、潤ってるからである。
 
そしてその要因の筆頭に挙げているのが「32国→48国」に、出場枠を拡大した点にある事を彼は認識しており、それ故に次大会では出場枠を、更に拡大し64ヶ国程度に増やす、と彼は公言しているのだ。
 
出場枠を増やすことで「中国」「インド」といった人口の多い国を滑り込ませたい、と考えている様である。
 
 
それは何よりも、現在の実力では出場がかなわない国々を出場させることで、放映権や広告収入・スポンサーライセンス・チケット販売額等を増やすことを目論み、「売上高」を増やしたいと思っているからである。
 
このbusinessモデルは、民間事業者であれば問題視されない。
しかし「スポーツ大会」としては、大いなる問題を引き起こすことが予想される。
 
具体的に言えば「出場枠」を2022年大会と比べて、ほぼ2倍に増やすという事は、大陸別の「地区予選枠」を広げる事を意味し、カタール大会では上位4チームしか出場できなかったのに、上位8チーム迄増加させる、といった様なコトを意味する。
 
 
 
            
               
 
 
という事は、W杯の本大会において「大味な試合」の数が増え、「ワンランク下の国」の出場機会が増え、「大差で勝敗がつく」質の低い試合を、世界中のサッカーファンが、見せられることを意味するのである。
 
要するに「試合の質が低下」し、「世界最高峰の試合」を観る機会が減る、という事を意味する。
 
その他に試合数の増加は審判団の人数を増やし、「審判団の質低下」を一層招く。
その結果「ラフプレーの多い」「荒れた試合」を見る事が、予測され得るのである。
今回の「北中米大会」がそうであった様に・・。
 
 
「business」を優先させるのか「サッカーのqualityと品位」を優先するのか、といった大問題を引き起こすのである。
 
この問題やテーマはこの点に尽きるのであるが、この出場枠の拡大は、FIFAというスポーツ連盟の懐は満たされ、潤う事は間違いない。
 
その結果FIFA加盟の各国協会への分配金は確実に増える。
それは数十億円の負債を抱えて、赤字経営をしている日本サッカー協会の様なところにとっては、間違いなく朗報である。
 
 
従ってこの路線を支持する各国の協会の数はFIFAの中では多いのである。
EUのサッカー協会の様に「サッカーの質」を重視する国は、現在のインファンティーノ会長を支持しない可能性が高い。
 
しかしながらそうでない国即ち日本の様に、より多くの分配金を期待する国や、個人的な収入増大を期待する人物が意思決定権を持ってる、多くの国の協会は彼を支持する可能性が高い。
 
現時点では後者の方が多い様で、インファンティーノの再選はほぼ確実視されている。
 
 
残念な事ではある。がこれが現実である。
そして再選が現実のものに成れば、予測できるのはるのは
 
・出場国が64に増える
・従って、参加国のサッカー協会の分配金も増える。
・その結果試合内容の質が低下し、「大差のつく試合」の数が増える可能性が高い。
・試合数が増えるだけ、審判団の数が増え「レフリングの質」が低くなり、「荒れた試合」が増える可能性が高い。
・FIFAのサッカー貴族の収入や報酬は増える。
・W杯の観戦チケットは高騰し、増々入手は困難になる。
・インファンティーノの報酬が、確実に増える。カタール大会の時は3億円近かったらしいが今回の報酬は11億円近くに成るのだという。
 
何だか憂鬱に成って来た。
 
 
 
              
 
 
 
そして私は、コロナ禍でも強行された東京オリンピックの事を思い出してしまった。
 
あの大会ではオリンピックは、アスリートたちのための大会ではなく、各国のオリンピック委員会の役員達=オリンピック貴族達のための大会である事に気づいてしまい、シラケてしまったのである。
 
その結果東京大会以降、即ちパリオリンピックや今年のミラノ冬季大会の時には、素直にオリンピックに期待する事も無くなってしまって、観戦する機会も減ってしまった。
純粋かつ素直にスポーツ競技として、オリンピックを愉しめなくなってしまったからである。
 
 
サッカーワールドカップが、オリンピックの様に大会関係者やFIFAの貴族たちを潤すための大会に成ってしまったら、やはり素直に純粋に大会を愉しむことは、出来なくなってしまうだろう。
 
哀しい事である。
 
 
しかし同時にEU等の「サッカーの質や品位」を尊重する国たちが、FIFAの暴走をチェックする機能が働き、サッカー民主主義が高まる可能性への希望を捨ててはいない。
 
世界で一番競技人口が多く、世界中いたる処でサッカーボールを追いかけている人達のいる、サッカー文化の自浄作用に期待もしている。
 
またそのための多くのジャーナリストの問題意識や、不条理追及や不正摘発といった事項への活躍の期待値も高い。
 
 
因みに現在(7月25日時点)
「アルゼンチンvsスペイン再戦」を望む署名が10万人を突破し、
「アルゼンチンのW杯永久追放」を求める署名が2,300万人を突破しているという。
 
世界中のサッカーファンの「民意」がどこにあるのかは、明らかである。
 
 
もしも今後
「インファンティーノのFIFA永久追放」が提起されたら、私は間違いなく署名したいと思っている。
 
「貪欲なサッカー資本主義者」の存在は、サッカー界にとって害悪でしかないからである。
「サッカー民主主義」のパワーを、私は期待もし妄想もしているのである。
 
 
              
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                 お知らせ
 
 
*6月2日:『近江之國編』「六角征伐」と足利幕府衰退」を公開しました。同編はこれにて終了しました。
 
 『甲斐源氏の祖、源義光』は以上で、完結しました。
 
 *6月16日:『サッカーW杯』の「2026年北中米大会」を開設し、北中米大会における「日本代表戦」についてのコラムを記載することにしました。
28日第三弾として「06月26日:スウェーデン戦」を公開しました。
 
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  南十勝   聴囀楼 住人

       
      
     
 
                            
      
          
       
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                                                                
  

 
   
      

  
 
 
このコーナーは、サッカーワールドカップ2022年「カタール大会」について私が感じた事を書き綴るコラムです。前回の「ロシア大会」から始めたコラムで、各試合ごとに感じた事を書いていく予定です。
ここでは「カタール大会」での日本代表チームの戦い方が、今後の日本代表の成長につながる内容となっているのか、それとも目の前の試合への対処療法的な戦い方に過ぎないのか、といった視点で書いて行こうと想ってます。
サッカーファンの方、宜しくお願いします。
 
 
            【 目 次 構 成 】
 
       1.ドイツ戦:  11月23日
       2.コスタリカ戦:11月27日
       3.スペイン戦: 12月02日
       4.クロアチア戦を前に・・:12月04日
                     5.クロアチア戦 :12月10日
 
 
 
 

  ドイツ戦(11.23)

 
 
先日の11月23日、ついに日本代表のW杯カタール大会が始まった。
日本代表の初戦であるドイツ戦に関しては、うまく行って50%の確率で「引き分け」20%くらいの確率で「勝てる」のではないかと、そう推測していた。
負ける確率は30%程度ではないかと、そんな風に勝手に想っていた。
 
その根拠は、ドイツのブンデスリーガに7・8人の日本選手がレギュラーとして既に活躍している事と、長谷部に代表される様にブンデスの所属チームで彼らが概ね主力選手として活躍している、という事実である。
従って世界のサッカー界が想定している以上に日本とドイツの間に差は無くなっている、という現実がある。 
 
日本とドイツの差が縮まってきているとはいえ、そう簡単に勝てる相手ではないという事は承知していた。であるが故の勝率20%程度の推測であった。
 
 
 
                             
 
 
ところが試合結果はご存知のように2-1で勝利した。
しかも前半0-1、後半2-0という結果の勝利であった。逆転劇である。
更にその要因はDF 陣の頑張りと、森保監督の選手交替が的を得た事であろう。
 
今回の森保監督の選手交替は結果的には功を奏した。
珍しいコトである。
 
これまで客観的には理解できない何かに彼が拘って、多くの失敗を重ねてきた彼の選手交替は、今回のドイツ戦ではうまく行ったのである。
その事は素直に喜び、評価に値する。
 
問題はこれが今後も続くのかどうかである。一過性のモノか継続性があるのかどうか、が問われるのである。
 
これまで幾多の選手起用の失敗例や疑問符を抱かせる交替例を目にして来ているが故に、そう簡単には、私は彼を信用できないのである。
 
従って今回のドイツ戦の後の森保監督のこの采配への世間の高評価程、私は浮かれてはいない。
彼のこの手の采配が、ドイツとの試合の流れを的確に読み取り、それにフィットした選手起用をしたことは間違いなく、その点は評価することが出来る。
そういった状況判断力や、それに合わせた選手起用が今後も続くかどうかは、注意深く見ていく必要があるからである。
 
 
私が森保監督の事を単純に評価できないのは、相変わらずの個人プレー頼みでチームとしての約束事や連携プレーを、今回のこの試合でも見ることが出来なかった点にもある。
 
この問題はここ4年間ずっと抱いていたテーマで、ロシア大会でせっかく見えた日本代表の今後の可能性が、彼やその背後にいるJFAの田島会長らの指導方針には見えておらず、ロシア大会の成功の継続や踏襲の跡が観られないから、である。
 
 
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前半ではボランチを含むDF陣の守備はアタフタした対応が中心で、何回ものドイツの重量攻撃を許してしまった。
前半が0-1で済んだのはGK を含むDF 陣の個人的な頑張りの結果である。
 
そしてその個人プレーでの頑張りは、DF 陣の肉体的な疲労をもたらし試合後には病み上がりの富安や、30を過ぎた酒井宏樹には重くのしかかっているようだ。
 
 
いずれにせよドイツ戦はあくまでも個人の頑張りであり、組織プレーやチームとしての約束事が機能したからではなかった。即ち連携プレーの欠如は相変わらずなのであった。
 
実際のところ前半の防御に関しては、何回となくヒヤヒヤしながら観ていたのである。
よく0-1で済んだものだと、前半終了時には思ったものである。
 
 
それは多分ドイツが力任せの重量攻撃だったから、失点が1で済んだのではなかったかと、私は感じた。
しかしこのままの防御システムであればドイツには通用しても、スペインの様なパスワークやテクニックを駆使して崩してくるチームであれば、もっと多く失点していたんじゃないか、と試合を見ながら感じていたのである。
 
ロシア大会の時の日本代表はまさにそう言った攻撃で、得点を重ねていた。
あの時は乾と香川のシルキーな連携プレーに大迫を絡めた崩しが得点に繋がったが、
4年前のあのチームと今のチームが闘っていたら、前半だけで3点は取られていたかもしれない、と私は想像しながらドイツ戦を観ていた。
 
 
今回はそのDF網を強化するために後半から負傷上がりの富安を投入して来た。
その森保監督の采配に、これまでとは違う匂いを私が感じたのも確かである。
 
更に続いて「浅野」「三苫」の同時投入や「南野」と「堂安」の投入が行われた。
私はこの投入されたメンバー構成に、正直喜んだ。
 
4年前の今ごろの日本代表FW陣がが爆発していた、「大迫-中島-南野-堂安」の「アタッキング4」の再来が期待できたからである。
 
「大迫」「中島」は今回は招集されていないが、「南野」「堂安」はこの時同時に投入された。更には「三苫」もドリブラーでかつ決定機を創り得る選手としては、「中島」と同様のスキルを持つ選手である。
むしろ決定機即ち得点能力は「中島」以上に、「三苫」は有しているかもしれない。
 
従って「三苫」「南野」「堂安」の同じタイミングでのピッチへの投入は、このFW 陣に「アタッキング4」の再現を連想することが出来た、のである。
実際のところドイツに追いつく堂安の得点は、この三人の攻撃によってもたらされたのであった。
 
 
           
 
 
 
三苫が切り開いた左サイドからの崩しを、南野が受けシュートした。
その南野のシュートをGKが弾いたその球を、押し込んだのがその場に構えていた堂安であった。
このメンバーに大迫に代わるフィニッシャーが揃えば、「新たなアタッキング4」が完成するのである。
4年前の秋の親善試合で見せた破竹の勢いの攻撃スタイルの再来が、期待できるのだ。
 
その辺りを期待しながら、次の「コスタリカ戦」を見てみたいと想っている。
それが出来ればFW 陣はかなり期待できるであろうし、現在のDF力が機能すれば一次リーグ突破はそんなに難しくないであろう。
 
ひょっとしたら森保監督が公言しているような、もう一つ上への展開が可能になるのではないかと妄想することも出来得ると、思いながら観戦しているところである。
 
さぁ、次のコスタリカ戦の森保監督の采配を見てみようではないか・・。
 
私の森保JAPANへの評価や森保監督自身へのちゃんとした評価は、グループリーグが終わってからにしか出来ないのである。  
 
 
 
 
 

   コスタリカ戦 (11.27)

 
先週末に行われたコスタリカ戦は、残念な結果に終わってしまった。
0-1のスコアである。
 
ドイツ戦の活躍があっただけに、格下のコスタリカに勝つことはそんなに難かしいコトではなかったはずである。
しかしながら結果は日本の負けである。
 
 
堅守速攻のプランで臨んだコスタリカは、少なくとも日本代表に対してリスペクトもしていたし、自チームを上回る戦力を有し強豪ドイツに競り勝った対戦相手日本に対して、万全の準備をしてこの戦いに臨んだようである。
 
スターティングメンバーに30代のプレイヤーが半数近く5・6人を投入して来た事も、この試合に臨むコスタリカの覚悟が窺い知れるのであった。
経験豊富なベテラン選手たちを試合開始から投入し、出来るだけ失点を食わない体制をとって来たのである。
 
即ちコスタリカの監督の目指す日本戦のゲームプランは実に明確で、前半は少なくとも「引き分けを狙い、失点は出来るだけ最小限に抑える」といった「堅守優先」の戦い方をしていたのであった。
そしてそのゲームプランはチームメンバーにも浸透し各人に共有され、共通認識となっていたのではないか、とその戦いぶりを見て推察することは出来た。
 
 
 
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それに対し森保監督は何をしてきたのかを確認し、検証してみよう。
まず初めのスターティングメンバーはドイツ戦から5人のメンバー交代をしてきた。
「上田」「相馬」「堂安」「守田」「山根」のスターティングメンバーでの投入である。
 
これは森保監督の表現を借りれば「ターンオーバー」を考えて、という事らしくこれからの長丁場を考えての事、という事である。
 
私はこの「ターンオーバー」の考えは基本的には賛成だと考えている。
というのも彼は3年前のアジア大会や去年のオリンピックなどではこの考えが殆ど無く、中心メンバーの固定化によって、主力選手の交替が殆ど行われなかった。
 
その結果主力選手の疲労蓄積が主原因となって、アジア大会では決勝でカタールに負けて準優勝に留まり、金メダル獲得を公言していたオリンピックではBest4どまりで終わり、メダル獲得には至らなかったのである。
 
 
従って「ターンオーバー」を考えること自体は、彼の監督としての選手起用面に関しては成長の跡が窺えるのである。
しかしながらその「ターンオーバー」の実施のタイミングが適切だったとは、私は考えてはいない。
もしターンオーバーを導入するとしたらこの「コスタリカ戦」ではなく次の「スペイン戦」にこそ導入すべきではなかったか、と想っているからである。
 
 
そしてこの「コスタリカ戦」に「ターンオーバー」を導入したことから、森保監督がこの戦いをどう見ていたかを窺い知ることも出来るのである。
 
私の推測では、森保監督はコスタリカ戦で勝って「一次リーグ突破に王手を掛ける」、事よりも「若くて有望な選手にW杯の真剣勝負を経験させる」事を優先した、その結果の采配ではなかったか、と想われるからである。
 
これはあくまでも私の推測に過ぎないが、もし彼が「コスタリカ戦での勝利」に拘って勝ち点3を目指していたら、少なくともスターティングメンバーに「相馬」「上田」「山根」を組み込むことはしなかったであろうし、後半早くからのサイドバック「伊藤洋輝」の導入も無かったのではないか、と想われるからである。
 
 
これらの若手に才能がある事や将来性があることは十分理解しているが、彼らの試合開始からの投入はやはり「ギャンブル」だった、と私は想っている。
 
コスタリカ戦で勝ちに拘るのであれば、ドイツ戦での成功パターンを踏襲し敷衍(ふえん)することこそが、勝利に繋がったはずだったからである。
 
「ドイツ戦」の分析でも述べていたように、「三苫-南野-堂安」の三人に「+α」した「アタッキング4」が、現時点の日本代表にとっての得点パターンの「」であるからである。
 
+α」に入るのはドイツ戦では「浅野」であったが、ここには「伊東純也」が入っても「前田」が入っても良いのであるが、いずれにせよ前述の三人との連携プレーによる相手DF陣の切り崩しが期待できる選手が、入ればよいのである。
 
 
「ターンオーバー」はコスタリカに勝利した後で、この2試合での選手の疲労蓄積度を考慮して、考えればよかったのである。
強豪のスペイン戦に「一次リーグ突破の命運を賭ける」必要はなかった。
 
この点は前回の「ロシア大会」の際の西野監督の一次リーグ時の采配と比べ、やはり森保監督の未熟さを感じざるを得ないのである。
 
 
                   
 
           
 
 
最後に指摘しておきたいのは「ドイツ戦」でも感じられた、「連携プレー不足」や「選手間の約束事の欠如」が相変わらず、コスタリカ戦でも見られた事である。
 
この点はドイツ戦でもコスタリカ戦でも全く同じで、選手個々人の「ガンバリ」だけが目に付いた試合展開であった。
 
5人、9人でDFを強固に固めている相手を切り崩すのに、「個人プレー」でしか対応しないのは、かなり未熟な闘い方であると私は想っているし、現在の日本の選手のレベルでは不可能である。
 
このスタイルが可能なのはワールドクラスの選手が沢山揃っている、ブラジルやフランスなどのチームにおいてであろう。
現在および近い将来の日本代表のレベルでは、到底無理で無謀な話である。
 
 
相馬や鎌田の度重なる「フカシ」や「連携の悪さ」を何度も見せつけられて、彼らを主軸に添える限り今回は「1リーグ敗退」は免れないだろうとの、残念な気持ちでいる。
 
森保監督への評価は、ドイツ戦で持ち直したが結局の所「一過性」のモノでしかなかったと想っており、今は低い方に傾いている。
 
 
そうは言っても、スペイン戦に数少ない勝機を見出すとしたら
 
「三苫―南野―堂安」を出来るだけ長く同時にプレーさせ、相手DFの状況や試合の流れで「+α」の選手をセレクトして、変化を付けながら前線を活性化させ得点をゲットし、
 
「吉田―冨安」を軸にしたDF陣により強固なブロックを組み、チームとしての約束事に基づく連携プレーで、スペイン攻撃陣のチャンスを減らす、といった事が可能になった場合ではないかと私は妄想している。
 
 
「個人が頑張る」といったドイツ戦やコスタリカ戦と同じ戦いをしても、細やかな連携がプレースタイルのスペインの攻撃は、防げないだろうと私は推測している。
 
そのためには「森保監督の指導」よりも、W杯のアジア最終予選で連敗が続いた時に、吉田キャップテンが取ったアクションの方が、成果は期待できると想っている。
 
即ちDF陣と中盤の底のメンバーが、練習が終わった後選手同士で何回も陣を組み共通の意思疎通を図った、というアクションを期待しているのである。
 
「個人プレーの頑張り」を標榜する森保監督の采配や指導よりも、吉田のキャプテンシーがカギを握ると私はそう想っている。
 
 
たぶんその成果が期待できない限り、日本代表の一次リーグ突破は期待できないし、今後に続く「日本代表のプレースタイル」の確立には繋がって行かないだろうと、私はそう想っている。
 
そしてそれは「ロシア大会の日本代表のプレースタイルの芽生え」からの後退を意味している。
 
 
 
                 
 
 
 
 

 スペイン戦 (12月2日)

 
 
12月1日の深夜というか、2日の早朝行われたスペイン戦はドイツ戦同様の展開で、2-1で勝利することが出来た。善き哉!である。
 
 
 前半で0-1とリードされ、一方的に攻められた日本であったが後半にメンバーチェンジを行いこれが功を奏しての逆転劇であった。
 
攻撃面で言えばやはり「堂安」と「三苫」の同時投入や、DFを固めるための冨安の投入がかなり有効であったように見受けられた。
 
取り分け三苫は攻守にわたりキーマンであったと私は想っている。彼はこの試合のMOMであったといっても良い活躍であった。
 
このメンバーに「南野」が同時投入されていれば、ほぼ完ぺきな攻撃陣であっただろうと想われるが、森保監督はそうしないで長らく鎌田を使い続けた。
 
残念な事に鎌田は一次リーグにおいては殆ど機能していなかった様に私には想えている。調子が良いとは言い難い鎌田をずっと使い続けるのは、相変わらずの森保監督の不可思議な采配ぶりである。
 
また冨安の投入は、不安定気味であった右サイドからのスペインの攻撃を封じるのに大いに役立って、スペインの攻撃力はほぼ半減したと言ってもよい効果をもたらした。
 
やはりDFは吉田キャプテンと冨安が機能していれば、大きなミスには至らないで済むようである。安心していられる。
 
 
 
                
 
 
 
スペイン戦において吉田のキャプテンシーを感じたのはHTが終わり、後半がスタートする4・5分前から、吉田を中心としたDF陣やメンバーがピッチでほぼ円陣を組み、盛んにコミュニケーションをとっていた場面が見受けられたからであった。
 
メンバー間での「共通意識の醸成」や「チームとしての約束事」「役割分担」といった事が、サッカーの様なチームプレーの競技では重要である、とこのシーンを目にしながら私は想っていた。
 
この時にどのような会話がなされたのかは不明であるが、このシーンに依って私には吉田のキャプテンシーが強く感じられ、後半への期待感はある程度高まった。
 
 
その数分後、伊東純也からのDF越しのパスを受けた堂安が、ドリブルから自身の得意なゾーンに持ち込み、彼の「」通りのシュートから得点したのは美しい展開であった。
 
更に数分して、堂安のドリブルからの突破でマイボールを逆サイドに振り、その先を走っていた三苫がかろうじてボールに追いつき、そのままマイナスにボールをセンターに戻して、そこに構えていた田中碧によって2点目がゲットできた。
 
 
 
                
 
 
 
この辺りの連携プレーは「鎌田」や「相馬」にはあまり期待できないプレーで、チームプレーの勝利であった、と想いながら私はこの展開を素直に喜んだ。
 
とはいえ三苫の折り返しは実にビミョーで、現地からの画像を見る限りサッカーの神様が味方してくれたのに違いない!と私は想いながらこの場面を観ていた。
 
 
しかしながら最後まであきらめずに折り返しを図った三苫のプレーと、その折り返しを予測していた田中碧のあのポジション取りという連携があったればこその、神様のご褒美であるのは間違いなかった。
 
この辺りは「コスタリカ戦」の鎌田や相馬のプレーと比較すると、そのプレーや連携の違いが良く理解できる。
やはり日本にはこう言ったメンバー間の「約束事」や「連携」に基づく、相手DF陣の崩しが適切なのではないか、とそう想っている。
 
 
更には日本より格上の強豪国相手との戦い方としては、前半は出来るだけ耐えるだけ耐えて1点差程度で抑え、後半から元気で活発な攻撃的な布陣を送り出して、連携プレーで得点をゲットする、というスタイルが宜しいようである。
 
 
 
               
 
 
 
ドイツ戦やスペイン戦から学んだ今回の経験が、今後も格上の強豪国との戦いに活かされることを期待したい。
更にはそれが一つの試合運びの攻撃スタイルとして定着し、確立された時に、日本の底力がワンランクupするように思えるのである。
 
これからのノックアウト方式のトーナメント戦でその経験値が活かされることを、私は期待してやまない。
 
 
 
 
 

  クロアチア戦 を前に・・(12.04) 

 
一次リーグで強豪チームに対する戦い方のパターンというか「型」が、ある程度見えてきた日本代表であるが、次戦のクロアチアに向けて考えてみたい。
 
「ドイツ戦」や「スペイン戦」での戦い方をplanだとすると、ここでは主としてplanについて考えてみようかと想うのである。
 
というのも今回の日本代表の戦い方をクロアチアの監督が分析し、なおかつ自チームの戦力について冷静に判断した時に、どのような闘い方してくるだろうかと、そう思ったからである。
 
今回のクロアチアの監督は、ロシア大会の時のMVPである「モドリッチ」の事を相当高く評価し、彼のためのチームを作って一次リーグを戦って結果を出してきた、という展開をして来た様である。
 
 
ところがそのモドリッチは既に37歳という、サッカー選手としては高齢であり一次リーグの3試合をすべて、フル出場してきたのだという。
という事は客観的に観れば彼の身体は相当疲労が蓄積している事が考えられるのである。
 
中3日や4日で闘い、しかもそれらの試合にフル出場するというのはモドリッチすれば、肉体的に相当過酷な状況に追い込まれているのではないかと想われるからである。
 
しかもこれはモドリッチを中心とした他の30代の中核選手にも同じことが言えるので、 クロアチア選手の中心メンバーはかなり疲労を抱えたままで、日本戦に立ち向かわなくてはならない、という事を意味するのだ。
 
今度の対戦相手である日本は「ドイツ戦」や「スペイン戦」でも見てきたように、前半は出来るだけ耐えて0-1の1点差で乗り切って、後半になって若くて技術の高い選手を複数投入し逆転劇を演じ、勝ち抜いてきたチームである。
 
という点を冷静に分析したとした場合、私がクロアチアの監督であったらどうするかを考えてみたのである。
 
 
            
 
 
 
 
その結果得た最良のplanは、「ドイツ」や「スペイン」がそうやった様に前半からゴリゴリ日本を攻めて、得点チャンスを出来るだけ多く追い求めるというスタイルとは異なる戦い方を選択する、という事である。
 
今回のW杯では選手交替が5人まで可能である、という大会ルールを最大限に使う事も視野に入れてのゲームプランである。
 
具体的には前半戦では出来るだけ疲労蓄積のみられる30代のベテラン選手は登用せず、後半になってからモドリッチを初めとした中核選手を投入する、という戦い方を撰ぶというわけである。
 
 
即ち前半戦では日本代表に出来るだけ攻撃の機会を与え、攻めさせて、後半になって日本の主力選手に疲れが出て来たタイミングを見計らって、モドリッチたちを使って攻撃を仕掛ける、というplan である。
 
これは実は「コスタリカ」の採った戦術でありゲームプランでもある。
 
 
試合開始の60分から70分までは20代の選手中心にメンバーを構成し、日本に攻めさせある程度まで好きにさせておく。
そして残りの3・40分になってから、世界でもトップクラスの技術や展開力を持つモドリッチらのベテラン選手を投入し、隙を突いて得点する、というゲームプランである。
 
このplanを採用するのはクロアチアがコスタリカの様に、日本の格下チームであるからではなく、自チームの主力選手の蓄積疲労や年齢を考慮し、更に日本の得意な「後半からの巻き返し」という攻撃パターンを回避するために採用する、戦い方なのである。
 
 
もし自分がクロアチアの監督であればきっとこちらの戦い方を選択するのではないかと、そんな風に、私は考えた次第である。
 
しかしなぜこのような事をこのコラムで取り上げるかというと、それはこういった戦い方をクロアチアが採用してくる可能性について、日本のゲームプランナーたちが事前に検討を加え、そのような場合の対処planを事前に考え用意しておくことが、Best16を突破するためには必要である、とそう考えるからである。
 
即ち日本代表チームのゲームプランに「planA」と共に「planB」を考え、準備し、そのための訓練を事前にやっておく必要性を感じているからである。
 
 
 
           
 
 
 
日本代表がBest8に進出し、定着することが可能になるのはこのような闘い方の準備が出来た時に初めて可能になるのではないか、と私などは考えているのである。
 
そしてその様な複眼的な戦術プランを持ち得た監督やスタッフを揃えたチームでない限り、Best8 の常連国には成り得ないであろうと、そう想えるからである。
ワンパターンの闘い方しか知らないチームを切り崩すのは、比較的容易だからである。
 
 
さて、森保監督のチームは次のクロアチア戦に対してどのような準備をした上で、戦いに臨んでくるのであろうか、興味あるところである。
 
 
 
 
 

  クロアチア戦(12.06)

 
つい先日のBest16 クロアチア戦で、日本の「W杯カタール大会」に幕が閉じた。
ご存知の様に1-1のまま推移した延長戦でもケリがつかず、最後のPK戦で1-3で敗れたのである。
 
試合の経過は相変わらずの個人頼みの展開で、前半は1-0でリードしていたしDF陣もしっかり守れていたように見受けられた。
 
前田大然のゴールは彼の献身的な前線でのDFに、サッカーの神様がご褒美をくれたようなものだった、と私は想っていたがやはりクロアチアはしたたかなチームだった。
 
 
ロシア大会を準優勝で終えたクロアチアのBest16 以降のスコアが、殆ど延長戦まで同点でPK戦で勝ちあがって来た、という事実がある。
 
「ドイツ」や「スペイン」を倒してきた日本に対してクロアチアは、早い段階で同点引き分けを狙って、PK戦持ち込みを意識していたのかもしれないな、とふと考えたりしながら観戦していたところである。 
 
この試合は、或る意味クロアチア監督のゲームプラン通りの展開だったのかもしれない。
 
実際のところ日本戦を終えた後クロアチアの監督が、「日本は私達を軽く見ていて、リスペクトが足りなかったのではないか・・」といった様な発言をしていたことから、そのように私には感じられたのである。
 
要するに自分たちはある程度日本代表チームを警戒し、リスペクトし勝ち上がるための準備をして来たが、日本チームの闘い方にはそのような痕跡が見られなかった。
クロアチアを倒すための努力や計画を日本は特別に練っていたとは思えなかった、といった様な意味合いで語ったのではなかっただろうか、と私は解釈した。
 
 
日本は一次リーグでの戦い方を殆どそのまま踏襲し、トーナメント戦となるBest16 を勝ち上がるための戦い方を模索して来なかったのではなかったか?
とクロアチアの監督は問うているのではないかと、私は感じ取った。
 
 
 
                   
 
 
 
実はこの点に日本代表がBest16 をなかなか勝ち上がれない原因がある様に、クロアチア監督のコメントを聞きながら、私は感じたのであった。
 
Best16 を勝ち上がる常連国と、Best8 に到達できない一次リーグ突破で満足している国との歴史や経験の違いが、その戦績やトーナメント戦の戦い方にそのまま反映しているのではないか、とそんな風に思わざるを得ないのである。
 
 
森保監督は東京オリンピックでもそうだったが、グループリーグをトップで通過することで「自分たちの今のやり方をこのまま続ければ、キットよい結果がこの先も得られるのではないか」と、想っている様に私には感じられるのだ。
 
東京オリンピックで開催国日本はBest4までは行ったが、3位決定戦でメキシコにも敗れメダル獲得には至らなかった。
 
この時も森保監督はメンバーチェンジや、勝つための戦術はとくには採用せずDF中心の主力選手の疲労蓄積によって、彼が公言していた「金メダル獲得」には成り得なかったのである。
 
今回も、同じことを彼は繰り返したのである。
森保氏の監督としての限界であろう。
 
やはり彼はリーグ戦向きの監督であって、タイトルの掛かったノックダウン方式のトーナメント戦での戦い方を知らない、残念な監督なのであるな、と私は再確認した。
(この点に関しては、『=W杯への道』の「さらば⁉森保監督!」(2021.08.08)で詳述してますので、ご興味のある方はご参照ください・・)
 
グループリーグを首位で通過した時点で、森保氏の更なる続投を示唆していた田島JFA会長の、相変わらずの人を見る目の無さをもその際再確認したのであった。
 
 
                 
           
 
 
 
今回の大会で大いに期待されながら、結果を全く出せなかった鎌田がクロアチア戦後に言っていた
「今のやり方では、これ以上(うえには)上がれない」といったボヤキは、自分自身の問題でもあっただろうし、同時に森保監督の日本代表の闘い方に対する批判も含んでいたのではないかと、私は感じた。
 
と同時に私は鎌田のこの発言を聞いて、東京オリンピックでメキシコに1-3で敗れて4位に甘んじた時に、ボランチの田中碧選手が言った事をも、思い出した。
 
「メキシコは日本に敗れたリーグ戦とは戦術を替えて日本戦に臨んで来たが、日本はリーグ戦の時にメキシコと闘った戦術や、選手起用を繰り返しただけだった、それが今回の敗因であった・・といった様な趣旨の発言を彼がしていた事を、思い出したのである。
 
 
                
 
 
 
今回のクロアチア戦での日本代表の敗因を、選手達のうちの何人かは気が付きながら闘っていたのであった。
やはり今の森保監督のレベルではこの辺りが限界で、この指揮官の元ではこれ以上の高みに、自分たちは到達し得ないだろうと、彼らが感じていたことに成る。
 
 
と、こんな風にこのコラムをまとめている時に、クロアチアが強豪ブラジルに延長戦で同点に持ち込み、PK戦で勝利した、という事実を知った。
 
やはりクロアチアはノックアウト方式のトーナメント戦の戦い方をしっかりと認識し、そのための闘い方をしているのだな・・。と改めて確認した。
 
 
JFAの首脳陣は「W杯ロシア大会」や「カタール大会」での結果を理性的に分析した上で、次のW杯に向けた日本代表チームの組織づくりを目指して欲しいものである。
 
さもなければ日本代表は、永遠にBest16 止まりで終わってしまうであろう、と私は推測している。
 
 
ロッカールームで大声を張り上げて選手たちや自分自身を鼓舞したり、動機付けをしただけではBest8 で戦う資格を得ることは出来ないだろう、と私はそう想っている。
 
グループリーグ突破の闘い方とは違う戦術を練り、その戦術を繰り返し訓練しチームに浸透させることで、初めてBest16を突破することが出来る。
 
そう言った戦術眼や戦略的な思考方法を持ち得る監督の下でなければ、永遠にBest8 の景色を見ることは出来ないのではないかと、そんな風に森保監督の采配を見ていて思った次第である。
 
 
選手個々人のレベルが高くなっているのは確かであり、今回のカタール大会でも明らかにその事実は感じられ、それは嬉しいコトではあった。
 
しかし同時にそれらの選手を率いる監督自身のレベルアップがまだまだ至っていない事を痛感した今回のカタール大会であった。
 
日本代表チームがBest16 を突破し、Best8の景色を見ることはまだまだ先の事ではあるだろう。
しかし、そのための努力を惜しんでいてはいられない。
反省すべきを反省し、修正すべきを修正しない限りいつまで経っても同じところをぐるぐる廻ってオシマイ、なのである。
 
30年後か40年後にW杯で優勝する、というヴィジョンを持っている以上日本代表チームは、そのための努力を惜しんではいられない、のである。
 
高い志を抱きながら階段を登って行く、次のステップに到達するための努力を惜しんではいられない、のである。
 
 
 
                                        
                              
          
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



〒089-2100
北海道十勝 , 大樹町


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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