春丘牛歩の世界
 
本来ならば雪が降るべき時節なのに、雨が降っていた。
雨が止むと、上空を小白鳥やカモなどが群れを成して飛行している。
本州では25度を超える夏日なのだという。
窓の外では虫たちの姿も見るようになった。
 
”雨水””北帰行””啓蟄”いずれも春の先駆けなのである。
春分の日を過ぎ、彼岸が終わると一気に春が進んで来た感がある。
 
そしてサッカー日本代表である。
この21日のバーレーン戦、昨日のサウジアラビア戦の3月の連戦は、勝ち点4を得てバーレーン戦の勝利で来年のW杯への出場を決めた。
喜ばしい事である。
 
バーレーン戦の勝利の立役者は1アシスト1ゴールを決めた久保建英であった。
彼の奮闘が今回のW杯出場を決定づけたのは間違いない。
 
 
        
 
 
さはさりながら、相変わらずの”個人技頼み”で、チーム戦術が乏しく、チームとしての約束事の乏しい森保采配では、限界が見えている。
今回のバーレーン戦やサウジ戦がそれを示していた。
 
今の闘いのままではグループリーグ突破が関の山であろう。個々人の能力が歴代最強レベルであっても、チーム戦術やチームプレーで勝てるように成らないと、Best8の壁は越えられないだろう。
 
個人能力重視の森保監督の限界は、今回の二つの試合でも明らかである。
JFAの会長が田嶋から宮本に替わったのは、希望が持てるが森保氏の交替が実現しない限り、日本代表は次のステージには上がれないだろう。
 
これからの14ケ月W杯本番までに何が起きるのか、期待感を込めて注視していきたい。
 
 
 
 
                 お知らせ
 
*4月1日:本日より『コラム2025』を公開いたしました。「睦月」「衣を着、更に重ね着る、如月」「弥生三月」の3ヶ月分になります。
 
*3月22日:『甲斐源氏の祖、源義光』に新しく
”穴太衆”と”黒川衆”を公開しました。
 
*12月12日「食べるコト、飲むコト」に
               を公開しました。
 
11月28日「コラム2024」に 
              を公開しました。
 
 
 
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【会員制システムの修正】               
                    2025/04/01
 
*昨年6月より始めた「会員制システム」は、あまり普及してない事や維持管理に手間がかかる事、今年から当該HPへの関与時間が少なく成る点などを考慮し、原則として「会員システムを廃止」とし、そちらに向けて順次修正のうえ、full公開とします。                         
                                   
                       春丘牛歩           
 

  南十勝   聴囀楼 住人

                                 
           
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                                                                
  

 
   
      

  
 
 
 
   ”新システム春丘牛歩の世界 ”2024年6月01日スタート
このエリアは、すべての来訪者の方が閲覧可能な「コラム類」「物語」に成っています。作品は概ね過去半年(2024年1月以降)の間に、「春丘牛歩の世界」で公開されたコンテンツです。 
              
*「コラム2024」の直近6ヶ月前までの作品。   
*『相撲というスポーツ』:新星たちの登場(2024年春場所、03/25)      
 
 
                   *今後月単位で更新されます。
それ以前(2024年1月以前)の「アーカイブ作品」は、会員のみが閲覧可能です。
 
 

 
  【 コラム類 】
 
「コラム2024」の直近6ヶ月前までの作品。
 
 
 
 

 
「食べるコト、飲むコト」
 
 

 「おでん」という頼もしい助っ人 (2024.12.12)

 
中秋から翌年の初夏までの半年間、私は必ず「おでん」を作る。
それは「おでん」が好きで、非常に役に立つ料理だからである。
 
「おでん」をしっかり作っておけば、昼食でも夕飯でも副菜として十分使えるのである。主菜に焼き魚や刺身類を考えそこに「おでん」が添えられておれば、大概格好はつく。
 
もちろん「おでん」の具は毎日同じだと飽きるから、「練り物中心」「大根と昆布中心」「牛スジ中心」「タコ中心」といった具合に、メイン素材を日替わりにしてそれなりに飽きない様にはする。
「おでんの出汁」がシッカリできていれば、中に入れる具はよほどのことが無い限り、たいがい何とか調和して、美味しく食べられるのである。
 
 
その私が「おでん」を好きになったのにはキッカケがあった。
小学生の通学路の途中に在った小さくてあまり清潔とは言えない魚屋さんが、作っていた自家製「こんにゃくの煮物」がとても旨かったのだ。
 
晩秋の通学時に手袋やマフラーがそろそろ必要に成る、といったころ合いにその魚屋では朝から店先にドラム缶を置き廃材を焚き、大きな鍋に「鮪のアラ」を主たる素材として醤油で出汁を造り、1丁を1/4ぐらいのサイズに切った大きめのこんにゃくを串に刺して、鍋の中に大量の串をグツグツと煮ておくのだ。
また鍋の中には大きくぶ厚い大根を輪切りにして、一緒に煮ていた。
 
 
 
          
 
 
 
朝学校に行く頃は未だ煮始めたばかりなので、殆ど存在自体を気にも留めないのであるが、15時ごろの下校時に成ると店の何mも先から、醤油味の好く効いた旨味たっぷりの匂いが漂っているのだ。
 
その濃いめの醤油味の赤黒い鍋の中から、熱々で「大き目のコンニャク」や「厚い輪切りの大根」を買い求めて、その大きな串を持って食べながら家路に向かうのであった。
当時の値段で5円だったから、小学生の小遣いでも十分買えた。
 
 
何時間も濃い口醤油と鮪のアラで煮込んだコンニャクや大根は、旨かった。”実に旨かった”のだ。
 
その原体験があったから、私は「コンニャク」や「大根」の煮物を食べるたびに、その時の旨い味を思い出すのである。
 
その何の変哲もないコンニャクや大根の「旨さの秘密」が、「鮪のアラ」にあった事に気が付いたのは30代になって、自分で料理を作るようになってからであった。
 
以後40年近く経った今でも、あの時の旨い「コンニャク」や「大根」の味を再現する事が出来ないでいる。
 
いつか「鮪のアラ」と「濃い口醤油」を大鍋に、大量のでっかいコンニャクや輪切りにした大根とを何時間もグツグツ煮て、あの時の味を再現したいものだと今でもそう想っている。
 
北海道の寒い冬に、熱くて温かな食べ物が食べたくなると私は「おでん」を創りながら、あの60年近く前に食べた「コンニャク」や「大根」の味を思い出すのである。
 
 
 
                   
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



〒089-2100
北海道十勝 , 大樹町


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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