春丘牛歩の世界
 
新しい年を迎えて、2週間ほど経つ。
今年の新年は比較的穏やかに過ごす事が出来た。
大きな天災や自然現象から受ける制約は殆ど無かった。
 
現時点で、ニュースを賑わしているのは主として人災である。
「関越自動車道の交通事故に伴う大渋滞」の原因は、冬季の群馬と新潟の県境周辺を、冬用タイヤを装着しなかった残念なドライバーの存在であった。
 
「静岡の一億円強盗事件」は相変わらずの、「トクリュウ」によるSNS発の儲け話(闇バイト)に飛びついた、目先の利益に振り回され、人格形成の未発達な若者たちの犯罪であった。
 
更に「アメリカ政府によるニカラグア大統領の拉致事件」は、CIAやルビオ国務長官(日本の外務大臣相当)の問題意識に、お騒がせが大好きな『アメリカンファースト』を指向する、USA大統領が乗っかった事件であった。
 
これらはいずれも人災であった。
 
 
その後、冬の乾燥季やフェーン現象に伴われたと想われる「強風」に煽られた「山火事」が山梨県や群馬・神奈川で発生し、まだ山梨では鎮火には至ってない。
 
この自然現象を伴う「山火事」の原因は、まだ特定されていないが出火場所が人気のない場所であった事から、「焚火の不始末」や「アウトドアレジャーの不始末」等の疑いも、現時点では排除されていない、という。
 
 
                      
 
             
 
”山火事 ”に関しては、昨年春には大きな被害が発生した。
春先に発生した「三陸沿岸の山火事」がそうであり、初冬の「大分市国東半島の火災」も記憶に新しい。
 
いずれも雨不足による森林の乾燥や、季節風などによる強風が被害を大きくし、鎮火に時間が掛かった要因であった、という。
 
 
そんな折、新春の正月番組で、山中伸弥氏とタモリによる『日本人らしさ』の要因についての興味深い番組があった。
 
それによると『日本人らしさ』の特徴である
「協調性の高さ=同調化」
「自然に対する畏怖と尊厳」
「アニミズムの受容と信仰」
「無常観」等
 
といった傾向を持つようになったのは、「自然災害の多さ」が原因なのではないか、と結論付けていた。
 
具体的には数万年前にあった「鹿児島県南部諸島で起きたマグマの大爆発」を始め、「富士山の大噴火」「阪神淡路島の大地震」「東日本大震災」等を例に挙げていた。
 
地震大国日本では「大地震」や「活火山に依る大噴火」が、数十年や数百年単位、場合によっては数千年、数万年単位で繰り返し起こるのだという。
 
この現象は地球規模の災害であり、とりわけ日本列島の成り立ちと深い関わりがあることから、日本列島で生活する限り、大規模な自然災害との遭遇は、避けて通れない命題であり、ある種の運命でもあるらしい。
 
 
 
                     
 
 
 
この様な厳しい自然環境の中で数千年から数万年の間、生息し生きながらえて来た「日本人」が結果的に習得したのが、前述の『日本人らしさ』に繋がるのだという。
 
すなわち一万年以上前の縄文時代以降の日本人が、定期的に発生する過酷な”自然災害 ”にみまわれながら、習得し身に付けてきたものが
「協調性の高さ」
「自然に対する畏怖と尊厳」
「アニミズムの受容と信仰」
「無常観」等
なのだという。
 
しかもそれらは日本人のDNAの中にまで、検証できるのだという。分子生命学者が解説していた。
 
 
この指摘には、自らを振り返って思い当たる事が少なくない。
私自身がちょっと大きな自然災害などを目にすると、そのことを嘆き悲しむよりも、
 
これは人知の及ばない自然現象なのだから、無理な抵抗や合理的とは言えない対応に終始する事よりも、その現実を受け止め受け入れて、その現実に向かっての備えを、出来るだけ事前に行う事や、その後の復興策に時間やエネルギーを割くべきだ、と考える傾向がある。
 
 
これはある種の”無常観  ”の敷衍なんだと思う。
日本人の「人生観」や「価値観」が、「過酷な大災害」という「自然環境」の中で生活し、それらに直面し対峙してきた結果、培われ育まれたモノであり、それらがDNAの生成の中にまで及んでいる事を知り、改めて腑に落ちるコトとなった。
 
 
新春早々の事ではあったが、目の前の”自然災害 ”の報に接しつつ、新たな知見を得ることが出来た、良い番組に接することが出来た、と想っているところである。
 
 
 
            
           
 
 
        
 
 
 
 
 
 
 
                 お知らせ
 
*5月2日:『本日コラム2025』に「卯月、さくら月を公開しました。
 
*3月22日:『甲斐源氏の祖、源義光』に新しく
”穴太衆”と”黒川衆”を公開しました。
 
 
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  南十勝   聴囀楼 住人

   
                
 
                            
      
          
       
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                                                                
  

 
   
      

  
 
2018/10/4

自然災害との共生

 
颱風が毎週のようにやって来る。
先週は24号で、ちょうど十勝から関東に仕事で向かう日程に重なった。午後一の飛行機は颱風の影響がまだなく、直前まで気をもんでいたがスケジュール通りに飛んで、無事に羽田に到着することが出来た。
 
その夜の飛行機はさすがに運休したようで、息子の家で聞いた颱風の強い風は大きな音をたてながら明け方近くまで、唸り声をあげていた。
翌朝からは颱風一過の晴天で、一件落着かと思ったらこの週末には、次の颱風25号がやって来るという。
 
 
実は今から1か月ほど前の台風21号の時に私は次の物語の題材を求めて、越後新潟に行っていた。四国→関西→北陸→日本海というコースを通り、関空が大きなトラブルを起こしたあの颱風の時の事である。
 
新潟の上越地方を中心に4泊していたのだが、その際に21号が輪島辺りから佐渡島に抜けた様である。
そのルートは当然上越を通過したのであった。
颱風が接近した時刻私は市立図書館に籠って、ひたすら資料を読み漁り、コピーを続けていた。
 
 そして台風が通過した次の日の未明には、家のある北海道が大地震に見舞われれた。
といっても我が家のある南十勝は、震源地からは150kmほどは離れていることから、震度4で済んだようだ。
従って、地震の影響は殆ど無かった。影響があったのは停電の方である。電気が通じる迄2日ほどかかった。
 
                            
                                                     
 
 
今回の24号の影響が、遠州のかつての安田義定公の領国である遠江之國辺りでは、今でもまだ続いてるらしい。4日以上停電が続いてるとの事だ。送電網が被害を受けたのだろう・・。
 
私はたった2日間の体験であったが、停電による日常生活の不自由さというか不便さは身に染みている。
先ずは遠州の方々に、お見舞い申し上げる。その不自由な生活に対して・・。
森町周辺にはお世話に成っている方々もいるのである。
 
 
しかし北海道に居ても遠州に居ても、はたまた沖縄に居ても自然災害の脅威は避けて通れないであろう。
人間の都合に関係なく、自然の営みは続いていくしその影響がもたらすパワーは、人間にとって必ずしも良い影響ばかりではないからだ。
 
従って、私達人間はその自然災害が起こり得る事を常に考慮して、自分たちの生活のあり方を考え、折り合いをつけていくことを考えて、生きて行くしかないのである。望むと望まないとに拘わらず、である。
 
7月の集中豪雨やこの夏の度重なる颱風、そして大地震それらに遭遇している人達が直面している事は、明日の自分自身の問題なのかもしれないし、来年自分が遭遇するかもしれない課題、なのかもしれないのである。
 
 
颱風や地震による災害の報に接するに当たり、もう一度今の自分が生活している自然環境を、謙虚に見つめなおすことも大事だと思う。
 
私自身では、この前の地震に伴う停電を通じて、その事を改めて考えてみたのであった。
その上で、日常生活を最低レベルで維持するために必要不可欠な、家庭生活インフラを確保するように、手を打ち始めたところである。
 
度重なる颱風の上陸を前に、自然災害と共生するために今何をやっておくべきかを、改めて考えてみるのも良いのではないかと、私は想うのである。
  
 
 
 
 
 

 
 
 
 
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