春丘牛歩の世界
 
 
三連休の初日は「春分の日」であった。
暦の上では冬に終わりをつげ、これから夏至に向かって日に日に太陽の日照時間が増え、気温もいよいよ上がって行くのである。
 
北海道南十勝、という北国に暮らす身とすれば「春分の日」は
”有り難い””祝福すべき ”日なのである。
 
以前「冬至と”日を奉る ”人々」のコラムでも触れて置いたが、「春分の日」は一年の中で最も大切に祝福すべき、季節の大きな節目の一つなのである。
しかも”解放感 ”を伴う、心地よい日なのだ。
 
 
さてそんな三連休の日に、日本初の女性首相が女大好きなアメリカの大統領を訪問し、日米首脳会談を行った。
 
主たる議題は、イスラエルのネタニヤフ首相とトランプ大統領が始めた「イラン戦争」の後始末に、日本がどう”関与 ”或いは ”寄与”するか、であった。
 
今年の2月に行われた総選挙で、圧勝したこの女性首相の首相としての力量が試される、大きな試金石であった。
少なくとも私は、冷静にそう観ていた。
 
 
「イラン戦争」によって、「ホルムズ海峡閉鎖」の動きが発生し、原油やLNG等の産業及び生活の必需品の流通がストップし、生産拠点も攻撃され被害が拡大するに及び、日本はもちろんの事、全世界の産業や生活に多大な影響が起きる事が予測された。
 
その結果WTI(米国の原油取引所)の原油取引価格は、瞬間的に30%以上跳ね上がり、この戦争が起きる以前は1ガロン(約3.8リットル)60ドル後半で推移していた取引価格は100ドル台を前後し、今日に至っている。
 
 
一部の報道機関の間では「第三次オイルショック」と言われているこの事態に、この危機を引き起こした張本人のアメリが大統領に、日本初の女性首相がどう立ち向かい、どう対応し、どの様な約束をしてくるのか、が注視されたのである。
 
 
訪米する前の国会においてこの女性首相は、
”日本の国益を守る ””したたかに対応する ”と、真顔で公言していた。
 
その女性首相がDトランプアメリカの大統領に行ったパフォーマンスで、象徴的なのは
 
・出迎えに来た米国大統領に、車から降りた女性首相が「ハグ」して、肩を叩きあった。
 
・会談の冒頭で「世界に平和と安定をもたらすのは、ドナルド(大統領のファーストネーム)あなただけだ」といった様なコトを言って、米国大統領の歓心をかった。
 
 
 
          
 
 
これらのパフォーマンスは、見ようによっては”眉唾モノ ”であったが、女好きで自尊心の強いこの大統領に対しては効果があったようだ。
 
少なくとも男性の首相であったら、この様なパフォーマンスはなかなか取れない。とりわけ「ハグ」はそうだろう。
 
 
それに「戦争を始めた張本人」に対し、「平和をもたらすコトが出来るのは、あなただけだ・・」という様な言葉を、にこやかな笑顔で言うことは、真面目に生きてきた人間が口にする事は出来ないだろう。
 
 
       
 
 
 
従ってこの一連のパフォーマンスを観て、私は彼女の国会答弁を思い出した。
すなわち「日本の国益を守る」ために「したたかに対応する」と
真顔で言った場面を、である。
 
と同時に私の頭に浮かんだのは「クレオパトラ」のことである。
ローマ帝国との戦争を回避するために、ローマ皇帝「プトレマイオス」や「アントニウス」と関係し、浮名を挙げたエジプト女王のことである。
 
 
いずれにせよ、このようにして剛腕で攻撃的な米国大統領の出鼻を挫き、日本が「イラン戦争」に加担する事を回避し、戦争に巻き込まれる可能性のある「約束」をしなかった事は評価すべきであると、私は考えている。
 
もちろん今回の日米首脳会談が、「コトなき」に及んだのは、外務省と経産省等が事前に用意していた”お土産 ”が功を奏したから、である。
 
 
すなわち「アラスカでの原油採掘」や「LNG開発」のための、共同開発や資金援助=投資であり、流通に必要不可欠な「パイプライン敷設」や「港湾等整備」といった、インフラ建設への投資や共同事業、というお土産のコトである。
 
ワンマンビジネスマンである、現アメリカ大統領はこのお土産に大いに喜び、「イラク戦争への加担」より優先順位を高くし、受け入れたのである。
 
 
前回のこのコラムでも言った様に、私はホルムズ海峡への原油やLNG依存度を低め、多面的な供給元を確保する事は、日本にとってそして日本人の生活にとっては有益だ、と考えているので、今回の投資と共同事業には肯定的である。
 
少なくともロシアとの樺太開発や共同事業よりは、数倍安全で有益であると考えている。
 
 
「長期的」な視点での「エネルギー政策」や「経済安全保障」的には有益だと考えている。
 
更に加えるならば、「オーストラリア」「インドネシア」「フィリッピン」といった、海洋諸国と同様の共同事業が進めば、もっと安定感が得られるだろうと考えている。
 
「一本足」より「二本足」更には「三本足」の方が、ズット安定感が約束されるから、である。
 
その意味では今回の「ハグ」や「お追従(ついしょう)」は、現在の米国大統領に対しては有効だと、思っている。
 
 
そうやって、将来に繋がる実益を与え、かつ日本の国益に繋がる提案は、「イラン戦争」への軍事的関与を「約束」しなかった点においては、この政権の対応は悪くはなかった、と私は考えている。
 
そしてその立て役者の一人として、急遽日米首脳会談に自らの意思で加わった、「茂木外務大臣」の存在と彼の果たした役割を、過小評価もしないし、私は忘れてはいないのである。
 
 
                     
        
        赤沢経産大臣、茂木外務大臣、高市首相、USA大統領
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                 お知らせ
 
*2月6日:『甲斐源氏の祖、源義光』に新しく「近江之國編」を追加し、公開しました。
*4月1日:同「近江之國編」に「甲賀牧」と甲賀忍者「望月氏」を追加しました。
 
*2月3日:本日『コラム2026』を公開しました。
 
 
 
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  南十勝   聴囀楼 住人

 
    
          
 
                            
      
          
       
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                                                                
  

 
   
      

  
 
2019/2/20

ノーベル賞

 
先日のニュースに「阿部川餅首相がアメリカの花札大統領をノーベル平和賞に推薦した」といった記事を読んで、とっさにわが目を疑った。
エイプリルフールかと一瞬思ったが、すぐにまだ40日以上早いことに気づいた。
 
発端はどうやらアメリカ政府すなわち花札大統領自身からの依頼により、日本政府のお友達首相に推薦を依頼した事から始まった珍事、という裏話が明らかに成った。一連の珍騒動の構図である。
 
自己顕示欲や自己愛の強い花札大統領の自作自演なのだ。その自作自演劇にお友達首相が駆り出されたというわけである。
さしずめ彼の役割は、裸の王様の腰巾着のお友達ピエロといったところか。喜劇ではあるが、やはりエイプリルフールではなかったのである。
それを知らされた世界中の人々から嘲笑されてるところを見ると、笑いを取るというピエロの役割は果たされている、と云ってよかろう。ご苦労さんなことである。
 
 
さて、笑い話はこのくらいにしてまじめなノーベル賞受賞者の話をしよう、田中耕一氏の事である。
40過ぎて間もない頃に、当時精密機械メーカーの一介のサラリーマンであった田中氏が、ノーベル化学賞を受賞したということに世界中の多くの人が驚かされたようである。もちろんその中には、彼より5つほど年上の私も含まれていた。
 
ノーベル賞なるものは、日本の文化勲章などと同様に7・80代のその道一筋の研究者が、人生の晩年において、その永年成し遂げてきた努力や成果に対してご褒美として贈られるモノ、と思っていた私などは彼の若さに驚き、同時にその才能や運の良さに若干の嫉妬を感じた記憶がある。
その田中耕一氏は今では私と同様にすっかり白髪に覆われ、すでに齢いは還暦間近であるという。
私が久しぶりに彼を観たのは、その彼のノーベル賞受賞後の苦悩の16年間を振り返ったTV番組であった。
 
 
彼の述懐によると、ノーベル賞を受賞したことを世界で最も驚いていたのは、実は自分自身であった、と云う事であった。
大学を卒業して2・3年後に、職場の日常業務の作業中に偶然遭遇した「タンパク質の分析・分解方法」を発見したことが、ノーベル化学賞の対象に成ったという事らしい。
 
それはまさに偶然の出来事で、絶え間ない努力の積み重ねの結果、神様がその惜しまぬ努力に対してご褒美としてプレゼントしたものではなかった、ということだ。
本来電子工学が専門の彼が門外漢の生物化学の仕事をしていた事から、偶然遭遇した結果であったという。
 
要はその分野のシロートであったがために、その分野では当たり前になっている事や常識を踏襲することなく、実験手法の一つとしてたまたまチャレンジし、しかも本来なら失敗した分析方法を用いた結果、その方法(メソッド)を発見した、と云う事らしい。
 
彼自身はその事実を一番よく判っていたし、生来謙虚な性格であったから、自分がノーベル賞を受賞するに相応しい人間ではないと、そう想っていたのだという。
 
それは確かにその通りであったのだろう。
しかし彼がその「タンパク質の分析・分解メソッド」を発見しなかったら、その後の生物学者たちによる成果が得られなかったのもまた、事実であろう。
 
 
とはいえ偶然によってもたらされたノーベル賞受賞者、というレッテルがその後の彼の人生に付きまとい、苦しめたのだという。
とりわけ研究者たちの学会や、報道機関などからのプレッシャーは相当キツかったようだ。彼の白髪の何%かは、それに起因しているのかもしれない。
 
 
 
             
 
 
何年間かその苦悩やプレッシャーにさいなまれていた彼はその後、国内外の研究者達との交流を進め自身の身を守るため、また同時に彼は自らの殻を脱皮するために新しい行動を起こしたらしい。
その他者との交流の中で、彼は幾つか気づいた事があった、という。
 
即ち、
「自分の成果に対する評価は、一体何であったのか」
「自分が成し遂げて来た事は、何であったのか」
「自分の原点は、何か」
といった事の様だ。
 
で、そこで得た結論は、どうやら
「これまでの定説や、常識にとらわれなかった事」
「偶然によって得られるコトやモノがある」
といった事だった、ようだ。
 
 
そしてそこから彼は、新たな行動に出たのである。
彼の新しい研究のテーマは前から決まっていたようで
「少量の血液の中から、早い段階で病気の発生原因を見つけ出す」といった事がそれであったという。
 
その研究テーマに対して政府文部科学省は、「最先端の研究課題」として5年間で40億円の研究予算を付けた、という。
 
この自分に与えられた研究予算を使って彼は、「新しい研究者のチーム」を創り、Labを立ち上げたのであった。
60数人の研究者を国の内外から集め、彼らをリードしてきたのだという。
 
そのチームリーダーとして彼が心掛けて来た事は、ノーベル賞受賞後からの十数年間の苦悩の末に自得した結論である。
 
即ち、
「これまでの定説や常識に、とらわれない事」
「偶然によって得られるモノがある」
「チャレンジ精神を尊重する」
という信念のもとに、彼自身の研究チームを牽引して来たのだという。ブレることなく。
 
そしてこれらは、自身がノーベル賞を受賞した理由を突き詰めて得た結論であり、辿り着いた確信であり、信念であったのであろう。
 
 
それ以来彼は、自分自身が研究者として研究テーマに立ち向かうのではなく、彼が着目した優秀/有能な研究者たちの研究成果発表の場に足繁く通い、
 
「定説や常識にとらわれず」
「新しいテーマやメソッドに、果敢に挑戦する」
そう言う立ち位置を執る研究者たち、即ち「その分野の原石」を「撰び」「発掘」し続けて来たのだという。
 
 
そしてその努力というかチャレンジが、どうやら成果を生み出しつつあるのだ、という。
昨年(2018年)の科学専門研究者向け雑誌『サイエンス』だかに発表した
「血液中の成分分析に依る、アルツハイマー病の早期発見」といったような研究成果を得た、という事である。
 
「アルツハイマーが発症する30年前に、その発祥の原因と成る成分を発見するメソッドを見つけた」という事らしいのである。
 
これがこの論文の通りであるとすれば、いうまでもなく大発見であり、間違いなく人類の生存に多大な影響を与え得る、研究成果であろう。
 
病いが発症する30年近く前にその原因を特定できれば、「早期治療が可能になるから」である。
近い将来、世界中でアルツハイマー病に罹る患者が激減する可能性があるからだ。
 
 
結局田中耕一氏は、自らが研究者である事に拘わる道を捨てて、
常識にとらわれない、チャレンジ精神の豊富な才能のある研究者たちが、働きやすいLab環境を創ることで、新たな「人類の幸福」に貢献しようとしているのである。
 
 
私はこのTVを見ていて、中国の古いことわざを思い出した。
駿馬常に居れども、伯楽常には居らず」である。
 
かつてノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏は、この間の16年間のプレッシャーを乗り越えるために、自らは「駿馬である研究者」である事を辞めて、
「駿馬を見つけ、発掘し、育て、才能を開花させる環境」を創り、「伯楽」となる道を撰び、自身の立ち位置を替えた、のである。
 
私はこの番組を観終わった後、田中氏の人間的成長を大いに感じ、一回りも二回りも彼の人間的スケールが大きくなったのを痛感したのであった。
 
 
そしてひょっとしたら、これから数十年後に彼とそのLabの研究者たちは「ノーベル賞」を受賞することに成るかもしれない、などと妄想してしまった。
 
その時に氏が称賛されるとしたら、それは「名伯楽」としてであろうか、と・・。
 
 
 
                
 
 
           「常識を疑い、常識にとらわれない」
         とノーベル賞医学生理学賞を受賞した本庶佑さんは語った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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