春丘牛歩の世界
 
       
          「短期的」「中期的」「長期的」
 
 
昨日の深夜から、今日一日中、更には明日の午前中まで私の住む南十勝では、合計35・6時間は雪が降り続くのだという。
気象会社のアプリはそう予測している。
 
尤もこの会社の予測は常に正確である、という訳ではなく外れる事がよくあるから、”全幅の信頼 ”を置いているわけではない。
 
あくまでも概況として、そのように頭の片隅みに置いておくのである。
 
 
先月の最終週頃から10日近く、温かい日が続き、
 
”春の到来 ”を日本気象協会は告げ、
 
畑の残雪量は視覚的に春を訴え、
家の周辺に生息する鳥獣や虫たちも、飛んだり、囀(さえず)ったり、蠢(うごめ)いたりして、
 
私達の五感に”春 ”を感じさせ始めていた。
 
因みに明日の3月5日は今年の「啓蟄」に当たる様だ。
 
 
従って「中期的」には”春 ”は間違いなくやって来ており、
「啓蟄」「三寒四温」「春分」「桜の開花」
はこれから、時系列的には始まるのである。
 
しかしながら「昨日」「今日」「明日」の目の前の三日間は、雪が降り続き、それなりに積雪はなされ、
再び「冬に逆戻り」なのである。
 
すなわち「短期的」には「冬の日々」がここ数日、具体的には今週は続くことに成りそうだと、日本気象協会などの専門機関は予測している。
 
 
 
       
       山に残雪は在るが、農地に雪は殆ど無い
 
 
 
二月下旬から三月初頭にかけては、過去3・4年の日記を振り返ってみても、同じような傾向を示している事から、「長期的」な視点から言っても、この寒暖の繰り返しは妥当な事象なのである。
 
目先の情報に決して慌てたり、ジタバタする必要はないのだ。
チョットした”心構え”や”準備 ”は、必要ではあるが・・。
 
 
さてそんな南十勝の春先の日常生活に降って湧いたのは、トランプ政権の「イラン攻撃」であった。
 
こちらは”天災 ”ではなく、明らかに”人災 ”である。
 
 
1月にあった「ベネズエラの大統領略奪事件」からほぼ2カ月しての、今回の「イラン首脳陣爆殺事件」である。
 
前回はCIAとルビオ国務長官が、事件の推進役であったようだが、
 
今回はネタニヤフイスラエル首相と、トランプの娘婿のユダヤ教徒クシュナー、及びサウジアラビアのムハンマド皇太子達がその役割を担った、ようである。
 
もちろん取り巻きや受益者からの様々な美味しい話や、情報提供”悪魔のササヤキ”があったとしても、最終的にそれを決断し、世界最強と言われる米国の軍隊に「攻撃命令を下した」のはドナルドトランプ、その人である。
 
 
今回の攻撃で既に数百人が犠牲になっており、今後もその犠牲者数は増えこそすれ、少なくなる事はない。
 
戦争とは、いうまでもなく「人を殺す行為」であり「街を破壊する行為」である。
 
どのような「口実」や「理由」を見つけ、こじつけようがそのプロセスで行われることは、「殺戮」と「破壊」でしかない。
 
その事は現在「ウクライナ」で行われている事や、「ガザ地区」で行われて来た事を観れば明らかである。
 
今回の「事件」や「戦争」が、中東から遠く離れた極東の日本で暮らす私達に、どの様な影響が起こり得るのか、を多少は考えておいた方が良いであろうと想っている。
 
 
 
            
 
 
 
先ずは「短期的」な影響である。
 
直近のことで言えば、「ガソリン価格の上昇」が真っ先に頭に浮かぶ。
 
日本の「原油輸入先」の8・9割が、イランやサウジアラビアを生産地とする、アラビア半島の国々からの輸入である、現実を考えれば当然の事なのである。
 
現にイラン攻撃のニューズが入った日から「WTI:原油取引市場」での価格は二桁台の上昇が始まっている。
 
国内のガソリン価格も3円近く上がってきてる、のだという。
 
 
しかしこの瞬間的な価格上昇に、過敏な反応は必要ない。
何故なら日本国内には8カ月以上の国内消費に耐えられる備蓄があるから、である。
 
すなわち「中期的」な影響は続かないことが、かなりの確率で予測される。
 
 
一部の”火事場泥棒的 ”な行動を執る人々はチャンスとばかり、ジタバタし見苦しい行動を執るかもしれない。
 
その結果散発的には、”買占め ”的な行動が起こったとしても、それは広がらないし、長続きはしない。
 
 
昨年の「米不足騒動」や、50年近く前の「石油危機パニック」の様な事態にはならない。
 
せいぜいここ1カ月程度の価格上昇で、収まるのではないかと、私は推測している。
 
 
しかしながら「長期的」な影響への対策は、検討が必要なのではないか、と思ってはいる。
 
一つは、中東への「原油依存度」を相対的に低くしなければならないであろう、という事である。
 
やはり「ホルムズ海峡」経由の「原油依存度が8・9割」、という事態は異常であり、この様な地政学的なリスクを放置する事は望ましくない。
 
この問題自体はこれまで数十年間云われ続けた課題ではあるが、「市場価格への依存」という、「需給バランス」だけでは解決できない問題であるから、将に「経済安全保障」という視点からの対応策構築が、必要となるであろう。
 
 
 
次に検討を要するのは、「LNG(液化天然ガス)」の「価格設定仕組みの見直し」「再設定」、である。
 
日本の「LNG備蓄量」は、3週間程度しかないというから「原油備蓄量」に比べれば、1/10程度に過ぎない。
すなわち、「需給のバランス」から言えば実に脆弱なのだ。
 
 
 
               
 
 
 
しかしながら日本の「LNG輸入先」は、「オーストラリア」「マレーシア」「インドネシア」といった国々が殆どで、ホルムズ海峡を経由する、「カタール」への依存度は10%程度に過ぎない、という。
 
従って、原油に比べれば「地政学的リスク」は低く、「備蓄量」は少ないものの日常生活への影響は少ない。
 
 
「量」の問題は無いのであるが、「価格上昇」の問題はある。
それは「取引価格」が「原油取引価格」に”連動 ”しているから、である。
 
すなわち「価格設定の仕組み」が「原油取引価格に連動」しているために、「需要と供給」のバランスに関係なく、原油価格の変動に自動的に上下する、仕組みになっている点に問題がある、のだ。
 
これは将に「長期的」な課題である。
原油輸入先の「中東依存度の軽減」と同様に、取り組まなければならない「中・長期的課題」なのである。
 
 
近年日本政府でも声高に叫ばれるようになった「経済安全保障」のテーマ、そのものなのである。
 
従ってこの問題は、先ほどの「原油輸入先確保の構築」と同様に、日本社会の「長期的な生活安全保障」の大きな課題、でもあるのだ。
 
将に有能な官僚や政治家達であれば、当然取り組まなければならない「中・長期的な課題」なのである。
 
 
今回の「イラン攻撃」が引き起こす
 
「短期的」「中期的」「長期的」
 
これらの幾つかの課題を冷静に「見つめ」「判断し」ながら、私達は日常生活を遣り過ごし、政治家や官僚たちに何を求め、何を期待し、何を解決していかなければならないのかを、優先順位を付けた上で、考えておく必要がある。
 
目の前の事件や事象に過剰に反応して、「ジタバタ」したり「的外れな反応」をしない様に、出来るだけ心がけたいものである。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                 お知らせ
 
*2月6日:『甲斐源氏の祖、源義光』に新しく「近江之國編」を追加し、公開しました。
*3月1日:同「近江之國編」に「 近江の「古代牧」と甲賀の郷」を追加しました。
 
*2月3日:本日『コラム2026』を公開しました。
 
 
 
    ♠     ♠     ♠     ♠
 
 
 

  南十勝   聴囀楼 住人

 
 
          
 
                            
      
          
       
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                                                                
  

 
   
      

  
 
2019/1/3

北島三郎

 
先日の紅白歌合戦で北島三郎が「祭り」という歌を唄っていた。
平成最後の紅白という事で、NHKに口説かれたという事らしい。彼自身は確か5・6年前に紅白卒業宣言をしていたから、やはり主催者が願った事なのであろう。
 
私が彼の存在を知ったのは、確か小学校の高学年の頃だったかと思う。
当時彼が唄っていた「帰ろかな」という歌が妙に心に残ったからだ。
地方から都会に働きに来た青年が、盆か正月に故郷に帰ろうかどうかを悩む、その揺れる心を唄った歌だったようで、どうやらその歌の主人公は都会で成功しているとは言えない状況に在って、胸を張って年老いた母親の待つ故郷に帰る事がまだ出来ないでいる、といった感じの歌であったかと思う。
 
そのほかに幾つもヒット曲があるのだろうが、私の心に残っているのは「与作」「風雪流れ旅」「祭り」といった曲である。
いずれも歌の情景が目に浮かぶような種類の歌であるようだ。中でも「祭り」はお祭り好きではないかと思われる彼には、ピッタリな歌だよなぁなどと想いながら、観客を巻き込んでその場を派手に盛り上げる歌だと感じていた。
紅白歌合戦という歌の祭典、しかも年末大晦日という時期にかなりマッチしている歌だと常々感じていた。
 
そんなこともあって、平成最後の紅白には相応しい歌だという事を思って、私は彼の出演時間に紅白を観た。
 
 
『大野土佐日記と甲州金山衆』においても触れているが、北島三郎は北海道知内町の出身で『大野土佐日記』を800年近く守り伝えて来た、雷公神社の宮司の縁戚であり、かつ荒木大学たちと一緒に蝦夷地に渡って来た修験者、大野了徳院重一の末裔に当たるらしい。
従って幼いころから荒木大学についての伝承も聴かされて育って来たのではないかと、私は想っている。
因みに知内町には彼の作詞作曲した歌が幾つか残っているが、その中に荒木大学の事を詩っている歌が、今でも盆踊りの中に在るようだ。
 
 
そのような事を知っていた私は去年の7月に、彼が興した会社に『大野土佐日記と甲州金山衆』を送付した。それは「『大野土佐日記』偽書説」を、私なりに調べ検証した物語だと思ったからである。
たぶん一族の中では大事にされてきたであろう『大野土佐日記』について、明治大正時代の歴史学者によって、偽書の烙印を押されてきたことの影響を北島三郎もまた、これまでずっと感じ続けて来ただろうと、そう私は想像していた。
 
私の検証物語が全く正しい、などと云うつもりはないが、少なくとも明治・大正時代の歴史学者たちへの、明確な反論には成っているだろう、と私は想っている。
私や私の物語に共感を持っていただいた方々に対する明確で、得心の行く根拠を明示した偽書説の説明が出てくるまでは、私を含めた人々は納得しないであろう
 
 
そう言った背景も含めて私は今回の紅白の「祭り」を観た。
相変わらずの派手な演出で、NHKホールに集まった観客や出演者を巻き込んで大いに盛り上がっていた。
その歌を北島三郎は大きな山車に乗って登場し、唄った。
80過ぎとはとても思えない声量でしっかり歌い、大いに場を盛り上げた。
 
その時カメラが遠景から次第に歌い手の北島三郎に近づいた時、山車の前面の武者兜が目に入った。これまでに見た事の無い山車であった。
私の記憶では登り龍の派手な山車や、大漁を象徴する大魚にまたがって唄っていたように記憶している。武者兜は初めてであった。
 
その武者兜の左右の前え面てに、その武者のものと想える家紋が左右に入っていた。
花菱紋であった。
初めはちゃんと理解できずにいたが、再度その武者兜がクローズアップされた時にしっかりと気づいた。
安田義定の家紋であると
 
私は次第に嬉しさがこみあげて来た。
北島三郎かその縁者が私の送った『大野土佐日記と甲州金山衆』を、しっかりと読んでいてくれたのではなかったか、と想ったからである。
同書を通じて、知内の英雄荒木大学とその主君安田義定公とが結びついて、理解してもらっていたことを、知ったからである。
 
 
更にまた同書をきっかけにして、安田義定公の事に興味をもってそれなりに調べられたのではないかと、私は妄想したからである。
因みに私の物語の中で、安田義定公の家紋が登場するのは『京都祇園祭りと遠江の守安田義定』においてであるから、ひょっとしたらその物語も読んでもらってるのかも知れない、などとさらに妄想を豊かにした。
 
私の妄想が事実であったとすれば、私は作者冥利に尽きるなどと思ってしまった。
かくして平成最後となる今年の紅白は、同世代の歌い手サザンオールスターズの大騒動と共に、私の心の中にはっきりクッキリと刻まれたのであった
 
 
 
         
 
 
 
 
 


 

 
 
 
最新記事
月別アーカイブ



〒089-2100
北海道十勝 , 大樹町


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
]