春丘牛歩の世界
 
1週間ほど前から、伊豆半島の神奈川寄りのエリアに来ている。
ソメイヨシノが咲き始め、昨日あたりからほぼ満開と言ってよい状態にある様だ。
 
やはり短足寸胴のソメイヨシノの方が、「桜」感があるなと、いつも長身長脚のエゾヤマザクラを観ている私は、感じたのであった。
 
 
 
 
      
 
       
         
 
     
 
 
    記事等の更新情報 】
*4月19日 :「コラム2024」に、「青い春」と「チャレンジ虫」を追加しました。
*3月25日:「相撲というスポーツ」に「新星たちの登場、2024年春場所」を公開しました。
*2月8日:「サッカー日本代表森保JAPAN」に「再びの『さらば森保!』今度こそ『アディオス⁉』を追加しました。
*01月01日:本日『無位の真人、或いは北大路魯山人』に「無位の真人」僧良寛、或いは・・を公開しました。
これにて本物語は完結しました。
12月13日:  『生きている言葉』に過ぎたるはなお、及ばざるが如し」を追加しました。
*9月29日:「食べるコト、飲むコト」 に「バター炒め二品 」を追加しました。
*9月27日;「物語その後日譚」に「奥静岡の鶏冠(とさか)山」を、追加しました。
*6月10日 :『続、蝦夷地の砂金/金山事情・・』に7.紋別市:その2「鴻之舞金山」を追加しました。
 
 

  南十勝   聴囀楼 住人

          
                 
                                                                   
  
        
 

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2023年4月より「春丘牛歩の世界アーカイブ」を下記に開
設いたします。
このHPの情報量が多くなったための整理と、当該HP閲覧者内の濃密な閲覧者との交流を
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有料会員制ですが、ご興味のある方は下記アドレスにコンタクトして頂けると幸いです。
 https://ofuse.me/gyu00ho
(春丘牛歩アーカイブ&フレンズ)
 
 
 
 
   
      
2020年からのコラムはこちらでスタートいたしますので、宜しくお願いいたします。なおこれまでの「ブログという名のコラム」は2019年12月末までのものに成りますので、アーカイブ(過去のブログ)としてご利用ください。使い分けを宜しくお願いします。
 
 
            *11月25日:USAという国の民主主義と民度
      *9月25日:寒冷地の「田舎暮らし」
      *9月 8日:「リモートライフ」と「田舎暮らし」
      *8月 6日:自家のルーツを探る
      *7月28日:或るミュージシャンの訃報に接して
      *6月19日:前法務大臣逮捕とSNS民主主義
            *5月23日:余人をもって代え難し
      *5月 3日:梅樹を植える
      *4月28日:春の到来を悦ぶ
      *4月22日:我が家の  津波対策
      *4月12日:コロナウィルスと為政者 
      *4月 1日:北海道とコロナウィルス2
      *3月28日:丹頂鶴の居る風景
      *3月20日:観光地とコロナウィルス
      *3月14日:日方(ひかた)の風
      *3月 1日:平常時と緊急時
      *2月27日:北海道と新型コロナウィルス
      *2月20日:新型コロナウィルス
      *1月28日:相撲というスポーツ4
      *1月10日:「Somewhere」と「ラッダイト運動」
 
 
 
 
 
 

  USAという国の民主主義と民度 (2020.11.25)

 
 
 
今回のアメリカにおける大統領選挙において、アメリカ合衆国の民度や民主主義の本質に改めて気付いた人達は、世界中に数多くいるのではないだろうか・・。
 
私達の様な戦後に生まれてきた世代にとって、長らくUSAという国は民主主義のお手本であり、いわゆる民主主義陣営や自由主義陣営にとってのリーダー国であった。
 
戦前の天皇制をベースにした軍国主義を明治維新以来推進してきた日本にとって、戦勝国のリーダーであったUSAは、最先端の産業国家という経済的側面も含め民主主義国家を標榜する国として、一貫してお手本であり続けた頼もしい国の一つであった、と想っている。
 
 
もちろんこれまでも「ベトナム戦争」や「アフガン戦争」「ウオーターゲート事件」といった、イデオロギーや大国の代理戦争といった側面も引き起こしていたこともあって、常に正当なリーダーであり続けたわけではなかった。
 
しかしそれでも世界の民主主義を標榜する人々や国々にとって、これまでUSAはリーダーであり続け、頼もしい大国として認識されていたのではなかっただろうか・・。
 
一国二制度の導入という名目でイギリスから中国に返還された香港においても、そのことを知ることが出来た。
香港で繰り広げられたここ数年間の民主化運動で、それを希求し標榜する人々にとってアメリカは、全体主義国の中国に対峙する頼りに成る民主主義と自由主義のリーダー国であったようだ。
 
その民主化運動に際し、若者を中心とした民主化運動のデモ等の場面で、アメリカの星条旗が多く振られていたことがそれを象徴していた。
 
 
そのアメリカではドナルド・トランプという不動産業の経営者で、TV番組の司会者として一部の国民に人気のあった人物が、4年前の大統領選挙に登場し、ヒラリー・クリントンという東部エスタブリッシュ(エリート)の女性候補を破ることで、大統領に就任した。
 
その後の4年間大統領であったドナルド・トランプは、「アメリカンファースト」というアメリカ第一主義を旗印に、実際には「ドナルド・トランプファースト」という自分第一主義の政策とパフォーマンスをとり続けた。
 
Dトランプの4年間は、前任者の黒人系大統領オバマへの反動という側面も持っていたようであったが、同時にアメリカという国が抱えていた根深い「負の遺産」や「負のエネルギー」を、顕在化させることに成った。
 
 
具体的には「貧富の格差の増幅」「白人至上主義者の跋扈」「イデオロギーに左右される最高裁判事の任命」「社会意識や環境意識の後退」「目先の利益の追求」といった事であった。そしてその結果アメリカ社会の分断がかなり進展したようである。
 
これらはいずれも、これまで主として民主党系の大統領たちが推進してきた、「新しい動き」に対する共和党系保守層の「反動」であったようだ。
 
 
その動きはドナルド・トランプという「扇動を政治手法」とする大統領によって、火をつけられ煽り続けられた。それに伴い「新しい動き」に抵抗感を抱く保守的な人達によって、大きなウネリやムーブメントとなって拡散し、浸透して行った。
 
その結果「目先の利益を追求する風潮が蔓延」し「有色人種への差別が進み」「他者=社会や環境への配慮がおろそかに」なり、「貧富の格差が一層進み」更に「アメリカ社会の分断や分裂が進んだ」のである。
 
 
「トランプのUSA」を外国人として観てきた私達にとって、この4年間のDトランプに率いられたむき出しのアメリカの現実=リアリティは、これまで知る事のなかったアメリカ合衆国という国家の実態や、表にはあまり出る事が少なかった「負の遺産やエネルギー」の存在を、結果的に深く広く識る事となった。
そしてその事実に少なからずショックを受け「USAのリアルな実態」に気が付いてしまったのである。
 
 
              
 
 
 
 
思えばUSAという国は、客観的にはかなりいびつな民主主義国家である。
具体的にはいまだに西部劇の時代の様な「拳銃の所持を許容する国家」であり「選挙人制度という判りにくい間接選挙で、最高指導者を選ぶ国」である。
その上「ダーウィンの進化論を認めない州が多い国」であり、我田引水的な選挙区「ゲリマンダー(恣意的な選挙区割り)が今も尚、存在する国」であり、「公平で中立とは言えない最高裁判事の存在が許容される国」であるのだ。
 
第二次大戦後の日本をはじめとした「民主主義後進国」や「民主主義発展途上国」にとって、お手本となって来たUSAの民主主義国としての実態は、こんなにお粗末で未発達な民主主義や制度を有している国である、という事に世界中が気付いてしまったのである。
 
 
日本では「秀吉の刀狩」や「明治政府の廃刀令」で行われてきたことが、未だ解決もしてなく2百数十年前の社会制度や法制度が今もなお生き残っている。
そして「自然科学や社会科学よりも、聖書に書かれている事を頑なに信じている国民の多い国」、さらには「直接民主主義すら確立していない国」それが現在のアメリカという国家の実態である、という事が世界の人々に知れ渡ってしまったのだ。
 
観方によってはこれはDトランプの功と罪なのかもしれない。彼の扇動的な政治手法が露わにしたアメリカの「負の現実」であり、「恥部」であったからである。
 
その上「その場しのぎで、場当たり的」で「主観的/感情的で知性や科学的な思考回路の無い」「扇動型のアジテーター」に、これからもう4年間大統領を続けて欲しいと思っている国民が、USAには7千3・4百万人もいるという現実に、世界中の人々は気付いてしまったのだ。
 
 
Dトランプが大統領に成るという目は、今回の大統領選挙では無くなったが、このアメリカが抱える「負の現実やエネルギー」が厳然と存在する限り、第二・第三のトランプが出て来ては消えていく、といった事は今後も繰り返されるであろう。そしてこれがアメリカ社会や政治のリアリズム=現実だと、私はそう想っている。
 
USAはヨーロッパ大陸からの移民による独立戦争の時代や、2百年前の西部劇や南北戦争の時代に造られた法制度や社会制度を捨て、国家の仕組みをUp-to-dateしない限り、今回トランプが暴露し顕在化したこの問題は、間違いなく今後も繰り返されるであろうと、私は冷ややかな目で眺めている。
 
 
この10月末のアメリカ大統領選挙の最中に、私と一緒に取材旅行に付き合ってくれた友人が「今のアメリカには全く魅力を感じなくなっている」と言った言葉に、私は大きく肯き、同調した。
 
Dトランプが主役となったこの4年間の政治ショーを見せられた世界中の人の中には、このように想っている人が少なからずいるのではないか、と私は感じている。
 
 
 
 
 
 
 

 寒冷地の「田舎暮らし」(2020.09.25)

 
 
この秋の四連休である「シルバーウィーク」の間に、久しぶりに友人とLINEでリモート飲み会をした。
 
彼は今年70歳の古希を迎えたのであるが、今でもなお世田谷辺りに住み定年退職後もその専門的な技能やスキルを活かして、ある企業の契約社員として築地あたりの会社に毎日出勤しているのだ、という。
 
話が弾んで、私がしきりに田舎暮らしの良さを話したこともあってか、彼もソロソロこれからの残りの人生について、どこで過ごすかを真剣に考え始めている、というような事に話が及んだ。
 
 
二人の息子さんはすでに独立し家庭を持っており、子供たちの養育義務は終わって久しく、最近では歳のそう離れていない奥さんと、人生の最終コーナーをどこで過ごすかについて家でも、話題に成り始めているのだという。
 
そんな時に、北海道に移住して10年ほどたつ私の事もたまに話題に上るらしい。
彼自身はかつて、十勝に仕事で来たついでに一度私の棲む大樹町にも来ているし、その時に泊まった白樺林の宿に後日、奥さんを連れてやって来たこともあって、私の田舎暮らしを多少うらやましく思っているようだった。
 
そんなこともあって、私は十勝に移住することを提案したのだが、彼自身は信州の北アルプスの麓辺りを移住先としてイメージしている、ということであった。
 
元々スキーが好きな彼は、冬スキーを楽しめる環境が良いのだという。更に夫婦とも名古屋出身という事も、多少は影響しているのかもしれない。
お子さんたちの住む東京近郊と、実家があり親戚や知人もいる名古屋の中間である点も、長野を候補地として考えている理由の一つであるようである。
 
 
話がそのように進んだ時に私は求められて、田舎暮らしのための「移住」について幾つかのアドバイスをした。
 
まずは「棲む場所の選定」である。
スキーが趣味であるという事を考えた場合、スキー場まで1時間以内で通える場所であることを、彼自身は考えていた。
 
私はそれに加えて、今後の年齢を考えると「食品スーパー」と「総合病院」からそう遠くない場所であることをアドバイスした。
元気なうちはよいが、これから年々歳々体力や気力が落ちることを考えた場合、これらが大きな生活インフラとなって来ることを意識することを指摘しておいた。
 
更に「田舎暮らしを楽しむ環境」としては、「バードウォッチングや鳥のサエズリが楽しめる環境」「季節の草花が楽しめる環境」「家庭菜園の楽しめる環境」であれば気持ちが豊かになる可能性があると力説した。
これは私自身が現在楽しんでいる事であったから、力が入った。
 
 
次に「住居の問題」としては、古民家を購入してリフォームする場合であれば、水回りの設備などの生活インフラのリニューアルは、不可欠である事を指摘しておいた。
また北国でのウインターライフを満喫したいのであれば、「床暖房の敷設」「二重窓の設置」「サンルーム」「暖炉」等が必要である点をアドバイスした。
 
まず「床暖房」や「二重窓」は北国で生活するためには不可欠のインフラである。これらが備わっているのとそうでないのでは、寒冷地での生活は天国と地獄に成るからである。
 
多分北アルプスの麓近くであれば、外気は常に-10度台だと思えるし、更にピーク時には-20度台にも成る可能性があることを考えれば、これらの住宅設備は必須インフラとなるでしょう、と説明した。
 
それらの必須アイテムに加え「暖炉」や「サンルーム」の導入についても、私は推奨した。因みに暖炉やサンルームは必須インフラではない。あくまでもモアベターな生活を過ごすための、住宅設備である。
サンルームがあれば洗濯物の乾きはグンと良くなるし、居間などに暖炉があると体は温まるし、心も穏やかになり、豊かな気持ちになるのはほぼ間違いないからである。
 
 
 
                
 
 
 
「火」という存在は人類にとって、とても大事な存在で、人類が他の動物たちと違う生活を送れるようになったのは、まさにこの「火」との出遭いがあったからではなかったか、と私などは想っている。
 
人類が毛皮がなくても寒冷地で生活できるのは、動物の毛皮を身に着けるようになったことと、火で暖を取ることが出来たからであろう。また火を用いれば常に温かい食事が摂れるようになった事も、きっと大きかったとおもう。これらはいずれも、火によってもたらされている。
 
 
従って北アルプスの麓といった、寒冷地で日常生活を過ごすことを考えるのであれば、間違いなく「火」は大きな役割を果たすであろうし、その象徴が暖炉という事になるのである。
 
キャンプの時の焚火や晩秋の枯葉を集めての焚火、更には冬の暖炉の火を見ていて飽かずに時を過ごせるのは、あながち私一人だけではないだろう、とそう想っている。
 
ひょっとしたらこの感情は女性にはあまり理解できないかもしれない。
男という生き物は火を飽きずに見続けていることが出来るし、そのために薪をくべたり、火掻き棒で薪を掻き混ぜる事を、ほとんど苦にも思わないでいられる生き物なのである。
 
暖炉の存在は単に暖をとる、といった事以上に幸せな感情を心の中にもたらしてくれるのではないかと、私はそう想っている。火に対する人類の想いのDNAが騒ぐのではなかろうか・・。
 
といったような独断と偏見を私は彼に力説して、「暖炉の効用」を強くアピールしたのであった。
 
 
因みに彼は長く内装工事やインテリア設計の仕事を生業としていたこともあって、家のリフォームや造作の変更は難なくできる人種であり、なおかつ私と違ってそれらの資金をしっかり調達できる人間であるので、能力も懐もほとんど問題はない。
 
従ってあとは彼自身の決断と奥さんの賛同や共感が得られるかどうか、が課題となるだけであろう。と私は想いながら、彼からの吉報を待っているのである。
 
 
 
 
 

「リモートライフ」と「田舎暮らし」(2020.09.08)

 
 
今回のコロナ騒動によって、「リモートテクノロジー」を使っての仕事の仕方が、世の中の共通認識となりどうやら市民権を得ているようだ。
 
「共通認識」の浸透や普及というのは、社会生活を営む上ではとても大切なことである。
とりわけ社会的な関りの中で「共通認識」が得られている場合と、そうではない場合とを比べると、仕事のやり易さには雲泥の差が生じる事が多い。
具体的にはGWやお盆に長めの休暇を取ることは、「共通意識」がある故に取り易い、というように・・。
 
IT技術を駆使しての三密を避ける働き方として、「リモートワーク」が提唱され普及し、それを許容する社会環境が整えられたことは、これからのビジネスマンやワークマンにとっては「従来の働き方」を改めるのに、よいキッカケと成るのではないだろうか・・。
 
 
そのリモートワークが許容される環境が出てくれば、当然会社や職場へのアクセスビリティの優先順位は低くなることが予測される。
すなわち通勤時間が60分以内であるとか、90分以内であるとかいうことの選択肢は必ずしもMUSTではなくなってくるのである。
 
もちろん都心近郊で生活することに喜びを感じたり、都会的な生活に価値を抱く人たちは、たぶん従来とはあまり変わらない住環境で生活し続けるだろうと思われる。
しかし自然の豊かな環境で暮らしたいと思っている人や、子供はできるだけそのような環境で育てたいと思っている人達にとっては朗報であろう。
 
何せ、会社や企業/働く場所には「週に何日か」とか「月に何日か」出勤するだけでよくなるからである。
日常の業務は自宅でまたはIT環境の整った場所でこなし、会社への出勤は定まった日に行けばそれでよいからである。
 
で、こういったことが普及し浸透すると、田舎暮らしに向かう人が一定数の割合で誕生するようになる事が、当然予測される。
 
 
 
                                               
 
 
 
何かの調査で読んだのだが、今回の「コロナ禍」がきっかけで「田舎暮らし」を始めた人や「移住」を始めた人が5%前後いるのだという。
そして同時に「移住」や「田舎暮らし」のことを考え始めた人が15%前後はいるのだという。
わずかこの半年近くの間の出来事である。
 
もちろん全体では主流とは言えない動きで、最大で見積もっても20%すなわち5人に1人の事でしかない。しかしこの動きは無視できない数字ではないかと私は想っている。
 
実際のところ、これまで地方から大都市に人口が流入する動きは戦後以来ここ数十年間続いてきた現象で、田舎から都会に向かう人口移動の流れは誰にも止められない、社会現象であった。
 
ところが先月だったかの社会統計によると、ここ数十年来なかった事態が今まさに起きているという。
具体的には東京への流入人口に比べ、東京からの流出人口が上回った、という。流出超過が起きているのだという。これはたぶん戦後では初めての事ではないだろうか・・。
 
 
この現象は前述の「リモートワーク」の普及/浸透とリンクした現象であり、自然環境の良い場所に価値を見出す人や、生活場面として自然環境の豊かさを重視する人たちが、中心になって引き起こしている現象なのではないかと、私は推察している。
 
そしてこれは「労働環境」の問題であるとともに「ライフスタイル」の問題ではないかと、私はそう感じている。
この現象は「自身がどのようなライフスタイルを志向するのか」、を優先した結果現れてきている現象ではないかと、そんな風に感じているのだ。
 
 
都会や都市が持つ緊張感や刺激、流行の最先端に触れていたいと思う人たち
             VS
サーフィンが好きだとか土いじりが好き、魚釣りやウインタースポーツ/ゴルフが好きだ、といった人たちとの違いなのだと思う。
 
すなわち自分や家族が大切にする価値観を反映させた「ライフスタイル=生活の価値観」の問題なのだ。
 
で、その優先順位の転換を今回の「リモートワークの浸透」が促し、後押しをしている結果なのではないか、とそう思っている。
 
更にまた若いころに求める価値観と、家庭を築いてからの価値観、それから子育てが終わってからの価値観の違い、といった「ライフステージの変更に伴う、優先する価値観の移り変わり」が引き起こした結果、であるのかもしれないのだ。
 
 
最近、郊外のわが家と市街地までの12㎞程の間に新しい住民が越してきた。
私が来た10年前から長らく空き家に成っていたその家は、自然環境の豊かな農地に囲まれ、築30年以上たっていると思われる古い農家である。
 
時折見かける夫婦は60代には突入していると思われる。
庭には個人用の農機具が散見出来、鳥小屋なども新設され何種類かの大きな鶏が、大きめのゲージ越しに飼われている姿が見える。
 
どうやらこの夫婦も、今回の「コロナ禍」や「リモートワーク」はたまた「定年退職」によってかも知れないのだが、この南十勝の自然環境の豊かな大樹町に「移住」し「田舎暮らし」を求めてきた、そのうちの一人なのかもしれない。
などといった事を、市街地に向かう度にツラツラ考えている、移住10年目の私である。
 
 
 
 
                                              
 
 
 
 
 

 自家のルーツを探る (2020.08.06)

 
もうすぐお盆である。
しかしながら今年のお盆は例年と異なり、帰省やお墓参りをする人は少ないかもしれない。コロナの影響である。
 
ではありながら、故郷の友人・知人たちとの接触を控えながらもお墓参りをする人たちはそれなりにいるかもしれない。
その際に自家のご先祖のいわゆるルーツに関心のある人は、ついでにお墓などに付いている家紋をしっかりと見てくることをお勧めする。
 
なぜならば自分の出自というか、自分の家のルーツを辿るのに家紋が非常に有効であるから、である。
 
 
私は昨年「安田義定公と秋葉山本宮の関係」を調べるに際して、家紋が持っている重要性について改めて知ることに成った。
遠江守安田義定と秋葉山神社』において登場人物たちに語らせているが、日本の社会で家紋が使われるようになったのは、源平の戦い以降である。
 
もちろんそれまでも一部の貴族が、当時の自家用車である「牛車」を他家のそれと区別するために、自分の好みの草花や文様/図案といったモノをその牛車に描き標したことはあった。
 
が、それは一部の高級貴族のいわゆる遊び心にすぎず、広く世の中に流布したわけではなかった。したがって平安時代「家紋」はまだ、社会的な共通認識と成ってはいなかった。
 
 
それが世間一般に広く知れ渡り、家紋という概念が社会の共通意識にまで到達するのは、武家が社会の支配者になるタイミングである平安末期から、鎌倉時代初期を待たなければならなかった、のである。
 
具体的には「合戦」という戦や戦争が、きっかけだったのである。
それは味方と敵とを識別するための旗印が必要になったからである。「家紋」は将にその旗印そのものであった、のだ。
 
そんな中で最もシンプルは旗印は「源氏の白旗」と「平家の赤旗」である。
色だけで両者の違いを表し、武士たちが殺し合いの戦いが済んだ後、自分が帰る自家の在る陣地を知らせるのが、その旗印であったわけである。
 
「白旗」や「赤旗」はあくまでもスタート時のものであったが、「地頭」や「御家人」と言われる「一所=本貫地」を守ることに命を懸けた武士たちは、やがて自家独自の旗印を用いるようになって行くのである。
それが実質的な「家紋」の始まりであり、各地の「地頭」や「御家人」が活躍することで、全国規模で「家紋」という概念が普及し拡散して行くのであった。
 
 
このような歴史があったから、「家紋」を知れば少なくとも鎌倉時代頃までは自家のご先祖に辿り着くことは可能なのだ。今から800年近く前までは辿れることに成るわけである。
 
その「家紋」は平安末期や鎌倉時代初頭はその種類は少なく、当初はせいぜい数十/数百であったものが、武士の台頭につれて次第に普及し、武士が支配者となる鎌倉から室町という時代を経て、家紋の数は次第に膨張していき、ついに江戸時代の後半頃には2万以上の種類を数えるようになった、という。
 
もっともこの間、日本の総人口も600数十万人からその10倍の6千数百万まで膨張しているから、家紋の種類の増加は分家化がかなり進んだことも影響していたである。
 
いずれにしてもそういった経過を辿ったこともあって、今や数万種に増えた「家紋」は自家のルーツを辿るのに有効な、メルクマール=指標になり得る。
 
 
 
                  
 
                             安田義定家紋
 
 
一方で「苗字」があるじゃないか、という意見も当然ある。
しかしこれは主として分家が本家を探すのには役に立つとは思うが、それではせいぜい戦国末期までではないかと、私は想っている。
 
徳川幕府になって、士農工商の身分制度が確立した時期以降のルーツを辿ることはできても、それ以前まで遡るのは難かしいだろうと私は思っている。
即ち400年近く前までしか辿れない、のである。
 
それに「苗字」というのは実は「名字」であることが多い。
どういうことかというと「名字」とはその名称が示す通り「字(あざ)の名前」なのである。即ち当該者が居住している「字の名前」から出てきているのだ。
 
要するに居住地を表しているに過ぎない、のである。したがって、「名字」から自家のルーツを辿ることはできない。かえって誤解を招く。
 
 
具体的に言うと「安田義定」は甲斐源氏の一族であるが、甲斐源氏は「武田家」が嫡流となっているが、それは家督を継いだ「源信義」の一族、ということに成る。
源信義は甲斐源氏武田家の家祖になるが、その兄弟は「逸見光長」「加賀美遠光」「安田義定」と名字は異なる。
 
彼らの正式な名称は皆「源」なのである。彼らの正式な墓には皆「源〇〇」と書いてあり
安田義定も同様で、正式な墓に刻まれている名は「源義定」なのである。
 
そして彼らの「逸見」「加賀美」「安田」といった「名字」は、将に「字(あざ)の名」なのである。即ち「逸見荘」「加賀美荘」「安田郷」という、彼らが館を構え生活の拠点とした郷や荘(園)の地名なのだ。
 
 
これは現在でも同じ一族(すなわち同じ苗字)で呼び合う時、その居住地がある地域の名を呼んでいるのと同じである。
 
という事であるから、「苗字」を頼りにご先祖を辿ったとしても、それはやはり途中までしか辿れないことに成るのである。
そしてせいぜい身分制社会が固定するまでの徳川幕府まで、が関の山であろうと私は想定している。分家が本家に辿るまで、が限界であろう。
 
したがって徳川以前の400年以上前のご先祖に辿り着くためには、先ほどの「家紋」が有効になってくる、と私はそう思っている。
 
より深い年代までご先祖を遡るためには、「家紋」をしっかり確認し、「家紋」を手掛かりに調査を始めれば、より古いご先祖まで辿り着くことが出来るのではないかと、そのように私は想っているのである。
 
という事で、お墓参りをする際にはしっかり先祖伝来の「家紋」を確認しておくことを私はお勧めする。それが自家のルーツを辿る第一歩と成るであろうから・・。
 
 
 
 
 

 或るミュージシャンの訃報に接して(2020.07.28)

 
この一週間ほどの間に、私の知っている人達が3人亡くなった。
と言っても私が知っているだけで、向こうは私の存在自体を知らないので、全く一方通行な関係であった。
彼と彼女らはいわゆる著名人であった。名前は
 
山本寛斎
弘田三枝子
鈴木常吉
 
といった。
弘田三枝子はかつてのアイドル歌手で、私が小学生低学年の頃からの流行歌を唄う、当時は「スター」と言われた歌手であった。
彼女が私の心の中に入ってきたのは中学生の頃にはやった、「人形の家」という歌で、彼女にとってもカムバック作と成った歌であった。
 
その「人形の家」という歌は、それまでの私の記憶に在ったアイドルの頃の歌とは明らかに異なり、妙に人生の哀しさの様な雰囲気を感じさせられる歌であった。
彼女にとっても財産となった歌ではなかったか・・。
作詞は「なかにし礼」であった。
 
 
山本寛斎は世界的にも著名なファッションデザイナーの一人で、同時代のコシノジュンコやヨージ山本などとともに、日本のデザイナーズブランドやキャラクターズブランドファッション全盛期の、牽引者の一人だった。
 
強烈な個性を持っていた人物で、好き嫌いは別にして、自分の価値観や考え方をしっかり持っていたファッションデザイナーとして私は評価しており、ある時期からはファッションという手段を通じての「表現者」になっていったように感じていた。
 
最後には私は彼を、アーチストとして尊敬するようにさえなっていた。
個人的には、山本寛斎は岡本太郎の後継者ではなかったかと、そう感じていた。
 
 
                  
 
 
 
最後に「鈴木常吉」氏である。
実は私はこのミュージシャンの名前をちゃんと知ったのは、今回の訃報に接した時であった。それまでこの名前は、私の記憶の中には残っていなかった。
 
しかしながら彼の歌はよく知っていた。私の好きなTV「深夜食堂」のオープニングに流れて来る歌を、彼が唄っていたからである。
彼の場合は「詠う」と言ったほうが相応しいかもしれない。
 
「深夜食堂」の舞台は新宿ゴールデン街界隈だと思われるのであるが、冒頭に現れる画像に靖国通りを駅西口辺りから、ガード下をくぐり歌舞伎町に向かって行く場面がある。
 
満艦飾にキラメく新宿の繁華街の街区を流す映像とともに、彼の詠う「思ひで」という何とも言えない歌が、ゆっくりと流れて来るのである。
 
その彼の「詠い方」は独特で、味わい深いものであった。
若いミュージシャンにはとても出すことの出来ない「詠い方」で、人生を積み重ねてきた人間にしか出せない味わいあるその「詠い方」は、そのオリジナルな声とともに年輪の積み重ねといったモノを、私に感じさせるのであった。
 
「醸し出す」という言葉があるが、彼の「詠い方」が将にそれであった。
そしてその彼は年齢が私と同じであった・・。
彼の死因は食道がんであった、という。
私にとって彼は、まだまだ生きていてほしいシンガーソングライターの一人であった。
残念である。
 
 
 
               
 
 
私の記憶の中に残る三人のアーチストの死を悼み、彼らのご冥福を祈って止まない。
 
 
 
 
 

「香港国家安全維持法」という名のパンドラの箱

 
先月の末に中国の立法府は「香港国家安全維持法」を全会一致を以って、成立させた。
この法律は1997年に、長らくイギリスの植民地であった「香港」を中国に返還する際に、中国が世界に宣言し公約した「一国二制度」の終了を、改めて自治政府香港の国民及び世界に対して宣言するものであった。
 
私自身は習近平の中国がこの「一国二制度」を遅からず反故にすることを、予測していたから特段の驚きを以ってこのニュースを迎えたわけではない。
 
それは近年の中国西部の自治区で起きた「ウィグル自治区」への弾圧を見ていて、同様の事態が香港でも起き得ることを、想定することが出来たからである。
 
 
以前「香港と中華思想」(2019.07.06)というコラムでも書いておいたように、中国という国は「中華思想」という国家観を持つ国であり、その考えは中国の国家権力を握る者達にとっては共通の国家観として、数千年にわたり定着している。
 
その国家観に基づけば「中華民族の中核国家」は東西南北に、「内臣国」「外臣国」や「朝貢国」をバランスよく保つことで、中核の「中華民族の国」の安定と繁栄をもたらしてくれる、と考えているのである。
強烈な民族主義がその根底には在り、「中華民族至上主義」がその「中華思想」を形成している。
 
 
この中華思想は「社会主義」や「共産党の独裁国家」でも全く同じであり、政治的なイデオロギーとは関係ないところの民族主義的な所産である。
 
その象徴が中国の国旗である「五星紅旗」でも見て取れる。
「五星紅旗」は共産主義の象徴である「紅い布地」に、「大きな星一つ」と「小さな星四つ」で構成されている。
即ち「大きな星」は中華民族の国=中核であり、「小さな四つの星」は東西南北の「内・外臣国」や「朝貢国」を象徴しているのである。
 
「共産主義思想」において「平等主義」や「対等主義」というのは、国家体制の基本的な価値観であると、マルクスやレーニンは唱えていたように記憶しているが、「中国の共産主義者」達にとっては、それらの基本的価値感さえも「中華思想」によって蹴飛ばされてしまうのである。
 
そのような強烈な民族主義や国家観の上で成り立っている中国という国は、更に全体主義体制を敷き、中国共産党一党が13億の国民を支配する国である。
 
一党独裁の全体主義国においては、常に「自分たちの主張だけが正しく」「正解は一つしかない」のである。したがって他の価値観は認めないし、ほかの政治勢力の存在も認めないのである。
 
なぜならば全体主義の国「中国」においては、正解は一つしかなくその正解は「中華思想を基にした民族主義」にあり、「中国共産党だけが国家を支配できる」政治勢力として設定しているからである。
 
このような価値観に基づけば、「チベット族」や「ウィグル族」といった、中華民族以外の民族の存続を主張する政治や宗教勢力や「民主主義体制の香港」といった政治勢力は、現今の政治体制や支配構造を覆そうとする民族や勢力ということに成り、「在ってはならない存在」であり、存在自体を認めてはならないという事になる。
 
 
そういった論理的帰結の到達点が中国の「国家安全基本法」であり、「香港国家安全維持法」なのである。
今回の一連の中国国内の動きをこのような視点で見ていくと、とてもすんなり理解することが出来る。
 
従って中国の国家観や現在の政治体制から言えば、今回の一連の法律や条例の成立や整備は、当然予測や推測することが出来る事態なのである。
 
今回の中国国内の法的整備は、香港に暮らす750万人以上の住民達のうちの、自由や民主主義を望む人達にとっては不幸なことであるし、「一国二制度」を固く信じていた人達にとっても残念なことであるが、しかしまぁこれは仕方のないことなのである。
 
国家や政治が持つ「リアリズム」の前では、甘い願望や期待感は常に風前の灯し火でしかないからである。その現実ををしっかりと認識しておかなくてはならない。
 
実態を伴わない「ふんわりとした願望や期待」を夢見る人達には、この政治的リアリズムの存在をしっかりと知っておく必要があるのだ。
 
 
 
               
 
 
そしてこの構図は戦前の日本でも見られた現象であり、また現在の北朝鮮でも確認することが出来る事である。
 
今回の「香港国家安全維持法」という名称は、戦前の日本の旧「治安維持法」によく似ている。「全体主義の国家」であり「答えが一つしかない国」が辿るプロセスはきっと似てくるのであろう。
 
戦前の日本にあっては「天皇制の日本」という国家観が、かつての「治安維持法」を誕生させ、支えていたのである。
そしてその「唯一正しい」体制を覆そうとする価値観を持つ政治勢力や思想は、「在ってはならない」存在なのであった。
 
私は戦前にはまだ誕生していなかったから、当時の「天皇制の国家、日本」の実態は知らないのであるが、現在の北朝鮮や中国を見ているとそれを想像することは出来る。
 
 
そしてここでも大切なことは「イデオロギー」や「政治思想」の問題ではなく、「全体主義vs民主主義」の問題であり「多様性を認める国家vs答えが一つしかない国家」であるか否かが問題となっている、という事である。
 
中国共産党や朝鮮労働党に親近感や共感を抱く価値感やイデオロギーを有する人たちは、今回の香港で起きていることやウィグル自治区で起きている現実、更には北朝鮮で起きている現実に対して真摯に向き合って、沈思黙考を重ねた上で自分なりの答えを出さなくてはならないのではないか、と私はそう思っている。
 
 
それとは別に今回の「香港国家安全維持法」は、中国の国家権力者は自分達自身の身に必ず跳ね返ってくることを、今から覚悟しておく必要があるであろう。
 
具体的には「香港からの逃亡=移民」「抑圧された負のエネルギーの蓄積の暴発」「新しい国家の誕生を望む政治活動の活発化」といった事が想定できるから、である。
 
アメリカ議会で証言した香港の民主化活動家の発言や、香港に残った民主活動家の「地下への潜伏」発言、イギリスや台湾の「香港からの移民受け入れ」といった事柄がそれらを示唆している。
 
更には「香港人国家の誕生」発言や「時代革命」といった言葉やスローガンを若者達が口々に叫び始め、発言し始めている。これらの動向がそれらを予感させているのである。
 
 
                
 
 
そしてこの「香港」の動きは、遅からず「ウィグル自治区」や「モンゴル自治区」「チベット自治区」にも飛び火すことが予測されるのである。
数年先か数十年先かは判明しないが、この動きは必ず顕在化すると私は予測している。
 
 
中国共産党は「香港国家安全維持法」という、自分達にとって都合の良い法律を制定したことによって、同時にパンドラの箱を開けてしまったのである。
 
その箱からは数々の「善」や「悪」が放たれて、拡散されて行くのである。いつの日かその事に中国共産党の政治家たちは気づくことになるであろう、と私は傍観している。
 
そして歴史を振り返った時に「2020年6月末」が、そのメモリアルDAYに成るのかもしれない、のである。
 
 
 
 
 

 前法務大臣逮捕とSNS民主主義(2020.06.19)

 
 
昨日、河井前法務大臣夫妻が公職選挙法違反でそろって仲良く逮捕された。
この件は昨年秋ごろから燻っていた事件であったが、この事件を通じて幾つかの事を知ることができた。
 
一つは政治家という人種は平気で嘘をつき、そのことに対して少しも心に痛みを感じない、厚顔無恥な人間が成る職業であるという事である。
とりわけ権力を握っている側に所属する政治家たちにこの傾向がみられるが、この夫婦はまさにその典型であったようである。
 
二つ目は先月、常習的な賭けマージャンで辞職した「黒川検事長問題」の要因が今回の逮捕劇に実は大きく関わっていたのではないかと、推測することが出来た事である。
 
即ち菅官房長官や安倍首相に近い河井前法務大臣夫妻逮捕を阻むために、官房長官や総理大臣に近い黒川氏を検事総長に据えることで、逮捕の回避を図ったことがはっきりと目に見えて来た事であった。
 
 
その一つが今年の2月ごろから始まった、官邸主導の黒川検事長の定年延長問題であった。安倍内閣は「国家公務員の定年延長法」に便乗して黒川氏の検事総長就任を企図し、強行突破しようとしたのであったが、黒川氏の賭けマージャン辞職と共にいとも簡単に彼らにとっての「重要法案」は廃案となった。
 
 
その廃案から時を待たずして、官邸から定年前の勇退を陰に陽に圧力を掛けられていた、稲田検事総長が指揮を執ったのが、この前法務大臣夫妻の逮捕劇であったわけであるすなわち第二幕である。
 
 
因みに河井被告は「向日葵(ひまわり)会」という名の国会議員集団の幹事役を務めていた。
この会は「菅官房長官を囲む会」で実態は同官房長官の応援団であるという。
 
また河井前法務大臣は安倍首相が主導する「美しい日本をつくる会」の幹部の一人らしく、安倍内閣応援団の幹部の一人でもあったという。
 
これら官房長官や安倍内閣への「一連の功労」に報いる論功報奨として、去年の参議院選挙後に行われた内閣改造によって、法務大臣に任命されたのであった。
その功労者の逮捕劇を阻止するために長年の慣行や法解釈を破り、新しい法律まで作ろうとしたわけであった。
 
実に判り易い構図が見えてきたのである。
 
 
しかしそのせっかくの官房長官や総理大臣の「おもいやり」や「論功報奨」も結局は長くは続かなかった。
 
法務大臣就任後、時を置かずしてスキャンダル報道型の週刊誌によって、「ウグイス嬢の違法な日当問題」で追及され、かねてから選挙区で噂されていた「地方議員等買収問題」が広島地検によって追及されてしまったからである。
 
他の議員候補よりも10倍も多い15,000万円の選挙資金を、自民党本部からプレゼントされ、安倍晋三事務所から5人の秘書を選挙事務所に投入され、菅官房長官や安倍首相の選挙応援演説を何回も賜った河井案里の当選が、広島地検の捜査によって無効になる可能性があった、からである。
 
 
 
                 
 
 
 
菅官房長官も安倍首相も必死になるわけである。
かくして河井夫妻逮捕を免れるために自分達に近しい、法務官僚出身の「黒川検事長」に白羽の矢が立ったというわけである。
彼ならば広島地検の動きや東京高検の動きを阻んでくれるに違いない、という期待感が高まったのであろう。
 
そのためには従来の慣行や法律解釈はもちろんのこと、「国家公務員の定年延長法」に便乗して、黒川検事長の検事総長就任まで画策したわけである。
 
 
ところが残念な事にこの一連の身内擁護や自己保身の策動は、人類の危機とでもいうべき「コロナ対策」に対する不手際や、自身を含む内閣の無能さが広く知れ渡ることによって、国民の批判を浴び一国のリーダーとして信頼を失うことで、揺らいでしまった。
 
最後は「三権分立の護持」を希求する500万人以上の国民の動き(検察庁の法改正案への抗議ツイート支持)によって、粉砕されてしまったのである。
 
 
 
                 
 
 
 
井上陽水の歌の歌詞に「♪仲良しこよしは、なんだか怪しい♬」といった一節があったが、「向日葵会」や「美しい日本をつくる会」なる組織を立ち上げた「お仲間たち」のことを知ると、私などはこの陽水の歌の一節を思い出してしまうのである。
 
 
それにしても前回のこのコラムでも書いたが菅官房長官という人物は、つくずく人を見る目がない政治家だと私は感じている。
この河井被告を筆頭に、菅原前経産大臣/和泉首相補佐官/黒川検事長だけかと思ったら、菅原前経産大臣の後任と成った梶山現大臣もまた「無能な大臣」のようである。
 
今回の「持続化給付金の電通との癒着」問題で、彼の政治家としての能力が白日の下に晒されてしまったのである。
梶山大臣もまた菅人脈で、彼の政治家としての師匠梶山静六の息子であるのだという。
 
 
お世話になった政治の師匠の息子を、不祥事で辞職した自分の子飼いの政治家の後任に推薦する、という美しい話であるが、彼にとっては日本国民の幸福よりもお世話になった人への恩返しが、大切なのであろう。
 
数百億円や数千億円の事務手数料が、実行されるまでに40%以上中抜きされる仕組みを「適正に処理されている」と言い続け、午前中の答弁を午後には「100倍以上の差額」があった事をも恥じない、官僚作成の答弁書を読み続けるだけなら、中学生にも務まるのではないか、と私などはこの経産大臣の仕事ぶりを見て感じてしまうのである。
 
今回の一連の動きを見て
「愚主は愚臣を選び、愚民は愚主を選ぶ」と改めてあきれてしまうのである。
 
 
それにつけても「三権分立」がまだ機能していることは一縷の望みではある。
小泉今日子やきゃりーぱみゅぱみゅを始めとした500数十万人のSNSでの発信は、愚主の愚策を粉砕するのにも有効であることが確認できた。
 
今後はこのSNS民主主義が日本でも広く深く浸透するかもしれない。そのことにも希望を抱いているところである。
この日本での「SNS民主主義の誕生」が今回の問題から私が得ることができた、唯一の希望というか救いであり、教訓でもあったのである。
 
 
 
 
 

 余人をもって代え難し(2020.05.23)

 
 
数日前から東京高検の「黒川検事長の進退問題」が、マスコミを賑わせている。
この人物は「検察官人事を変えるための法律改正」の当事者と言われている人物で、総理大臣官邸のお気に入りの人物であるらしい。
 
因みに定年を迎えていたこの人物の定年延長を、慣例を破って決めた時に法務大臣森雅子氏が、国会答弁でこの言葉を使っていたのである。
「黒川検事長は余人をもって代え難い人物である」と。
 
森法務大臣という人は、国会答弁などを聞いていても訳の判らない事を、時々発言している人物であるが、彼女は現在進行形で秘書が公職選挙法違反で裁判を起こされてる、元法務大臣であった河井議員の後任になった人物で、弁護士出身の政治家ある。
 
 
マージャン店やパチンコ店更には公営ギャンブルなどに対しても営業自粛を国が要請しているさなかに、今月だけでも二回三密の環境で、賭けマージャンをやっていたことの責任を問われたのが、この黒川検事長という人物である。
 
しかも彼の賭けマージャンは最低でもここ3年間以上に亘って、月2・3回のペース行われていた、ということだ。
すなわち賭けマージャンの常習者でありギャンブル依存症と言ってもよい人物なのである。
 
 
このような人物を監督官庁の法務大臣森雅子氏は、「余人をもって代えがたい人物」だと評価し、国会の場で公言し続けたのであった。
 
当然この意思決定に対して森氏は責任を負わなくてはならない。彼女は任命責任者であるし、国会で「余人をもって代えがたい」と言い続けた自分の人を見る目の無さや、彼のために法律を作ろうとさえした事に対して、である。
 
この法案のために今年の2月ごろから国会は翻弄され、コロナ対策の真っただ中において不要不急の時間とエネルギーを使わせ続けた責任は、当然負わねばならないであろう。
 
 
以上のような経緯があって昨日、森法務大臣は今回の一連の騒動の責任を取って、辞表ではなく進退伺を総理大臣に建てたようであるが、安倍首相から強く慰留された、ということで現職に留まることを決意したようである。
彼女もまた安倍首相にとっては、「余人をもって代え難い人物」という事なのであろう。
 
 
先日私は他のコラムで「愚主は愚臣を選び、国を亡ぼす」といったような事を書いたのだが、今回の「黒川検事長」の問題もまさにその通りであるなぁ、とつくずく感じ入っているところである。
 
 
黒川検事長という愚臣を選んだ森法務大臣という愚大臣に、責任を取らせない内閣の首班安倍晋三首相にとって、彼女もまた「余人をもって代えがたい人物」なのであろう。
 
5百人近くは居るであろう自民党の国会議員では人材が不足しているのか、それとも自分の眼鏡にかなう人間がほとんど居ない、ということなのであろうか。
私は本人自身の能力の無さ、すなわち彼が愚主である事が原因だと思ってはいるが・・。
 
 
 
                 
 
 
 
しかし世論調査では、それでも尚「安倍内閣」を支持する国民は40%近くいるというらしいから、4割近くの人間は彼を支持しているということになる。
 
更にその支持する理由として、「他の内閣よりは良さそうだから・・」を挙げている人達が同じ調査で40%近くは居るということだ。
 
安倍内閣を支持する人達にとっても、安倍晋三という政治家は「余人をもって代え難い人物」であるのだろう。
 
 
尤も40%程度の岩盤支持者の更に40%程度ということは、全体からすれば16%程度という事であるから、世論調査を冷静に分析すれば安倍晋三氏を「余人をもって代え難い」と思っている人達は、全体で言えば16・7%程度に過ぎない、ということになるのだ。
 
「アベノマスク」に象徴される「コロナ対策への無能さ」で、政治家としての能力が白日の下にさらされた内閣総理大臣には、一にも早く退陣してもらいたいと思う国民は、私一人では無いことを知り、多少安心している今日この頃である。
 
 
それにしてもこの黒川氏を引き上げ、高く評価していたという菅官房長官は、これで四連敗となっているようだ。
元法務大臣の河井氏/メロンをお中元で配った元通産大臣、愛人官僚とのコネクティングルーム利用の和泉首相補佐官の三人はいずれも菅官房長官の派閥や人脈であるという。
 
彼もまた総理大臣や法務大臣と同様に、人を見る目が足りないのであろう。
こういう人物たちが国家の方向性を決める意思決定者である国の国民は、不幸である。
 
そしてそういう人物達を「余人をもって代え難い」と、この5・6年の間選挙で選び続けた事を、国民自身が深く自省しない事には、この不幸は今後もしばらく続くことになるのである。民主主義とはそういうものであろう。
 
愚主であることを見抜けず、彼らを選び続けたのは他でもない愚民である国民なのだから・・。
  
 
 
 

 梅樹を植える(2020.05.03)

 
ここ数日わが道東南十勝は、最高気温が20度を超え続けており、最低気温もマイナスには 至っていない。10月下旬から使っていたペレットストーブも使わなくなった。
今シーズンは、もう雪の心配もないであろうと思っている。
 
春の到来と定着を確信して昨日は老犬の住まいを、母屋の第二風除室から別棟の元牛舎へと引っ越した。彼にとっての「冬の宮」から「夏の宮」へのおみ渡りを済ませたわけである。
 
 
昨日は街に買い物に出たついでに、南十勝では有名な「工藤公園」という名称の野菜・果物店に寄って、果物や野菜と共に梅樹の苗木を買い求めてきた。
 
水戸の偕楽園や徳川斉昭公の影響を多少は受けたのかもしれない。
我が家の庭に梅樹を植えてみたいと、そう思ったからである。
 
 
北海道の道東は冬の寒さが厳しく、マイナス20~30°となるのが普通であるため、本州の代表的な桜「ソメイヨシノ」は自然環境の中では育たない。「エゾヤマザクラ」があるのみで、春を感じる樹木が殆ど無いのがちょっと寂しい。
 
我が家の庭にも数本のエゾヤマザクラが咲くのだが、脚長のこの桜は胴長短足のソメイヨシノに見慣れたわ我が家では、あまり評価は高くない。
そんなこともあって、春先の楽しみはもっぱら福寿草や行者ニンニクということになる。やはり物足りないのである。
 
 
                    
 
 
 
そこで春を感じさせる樹木を探していたのであったが、具体的なアイデアがこれまでは無かった。今年改めて「梅樹について」接する機会があり、チャレンジしてみることにしたのである。
もちろんソメイヨシノ同様に、梅樹も北海道道東の厳しい寒さに耐えきれる保証は無いのであるが、チャレンジしてみるのである。
 
工藤公園の販売員に尋ねたら、根付くかどうかは何とも言えないけど、最初の数年は丁寧なケアが必要でしょう、というアドバイスだった。
「やってみなくちゃ判らない!」は私のモットーだから、やってみることにした。
 
 
かくして今日その梅樹「白梅」と「紅梅」を1本づつ庭に植えてみたのであった。
白梅が「紀州和歌山」、紅梅が「豊後大分」といずれも温かい地方の産である点が、多少気に成ってはいるのであるが、せいぜい日当たりの良い場所に植えてみることにした。
 
答えが出るのは来春かそれとも数年後であるか、判らないのであるが愉しみの事である。
 
 
 
 
    夫れ梅の物たるや、華は則ち雪をおかし春に先んじて風騒の友となり、
                実は則ち酸を含み渇を止めて軍旅の用となる。
 
                                             ― 徳川斉彬公 ―
 
 
            徳川斉昭 - Wikipedia
 
 
 
 

 春の到来を悦ぶ(2020.04.28)

 
先週あたりから行者ニンニクが生い始め、今朝は庭の樹にアカゲラがちょろちょろ動き回る姿を確認した。
そして昼前には鶯の初音を聴いた。まだ慣れていないせいか覚束ない鳴き方であったが、やはり嬉しいものだ。
 
久しぶりに詩歌こころが刺激されて、
 
       
       眼にアカゲラの鮮やかに
            耳に鶯の心地好く
                口舌は行者ニンニクの香を愛ずる
 
       目を転ずれば日高の山稜
                白雪を抱き 青天を映ず
 
       我が家の春は   
                かく始まれり
                                                  牛歩
 
 
                                                                          
なる詩歌を創ってしまった。
季節感をしっかり味わうことが出来るのは、
田舎暮らしの良いところである。
 
 
 
 
                  
 
 
 

 我が家の津波対策(2020.04.22)

 
 
昨日政府の内閣府から東日本の「太平洋沿岸地震予測」なるものが発表された。内閣府内に設けられた「有識者専門家会議」の公式見解だという。
 
その予測は「千島・日本海溝沿い」が対象エリアということで、私の住む北海道道東地域は真ん中のストライクで該当したのであった。
そこで今朝さっそくその結果を伝える新聞諸紙を買い集めて、情報収集に努めたところである。
 
「同予測」のうち「千島海溝地震予測」が私の生活に直結し、「日本海溝」のほうは本州の東北エリアが該当するようである。
「日本海溝」といっても日本海側を指すのではなく、太平洋側の「日本海溝」という海溝の場所だということであった。要するに9年前の「東日本大地震」の発生エリアである。
 
しかも今回の「地震予測」は、数十年単位の将来の話ではなく何時起きてもおかしくない切迫した、喫緊の事であるという。
即ち、このコロナ禍のさなかであっても何時起きてもおかしくない、という予測結果であるという。
 
この事態は太平洋沿岸から3㎞ほどしか離れていない我が家にとっては、決して他人事ではないのである。で、さっそく私は情報収集に走ったわけである。
その報道各紙を熟読した結果知り得たのが、下記の概要であった。
 
 
大樹町の「震度予測は6強」「津波の高さは22m」町の中心部への「到達時間は37分」だというのである。
 
 
この前提条件はいずれも「最大値の場合」でしかも「満潮時」ということで、「最悪の事態を想定して」ということであるから、これらのうちの一つでも条件が変われば、事態はずっと穏やかなものとなるわけである。
 
とはいえ「備えあれば憂い無し」であるから甘い見通しを前提にするのではなく、最悪の事態を前提に備えなくてはならない。何しろ命に直結する問題だからである。
 
さもないと9年前の「福島の原発事故」の二の舞になってしまう。東電のように都合の良い解釈だと、命にかかわってしまうのである。
 
 
それに我が家は海抜24mの北海道道である幹線道路より、1m近く下がった場所に在ることから、海抜23m程度の敷地に立地していることに成る。
 
また海からの距離が町の中心部は12・3㎞なのに対し我が家は3㎞ほどの距離である点を考えると、津波の到達時間は中心部よりずっと早く、地震発生から10分以内には津波が到達するのかもしれないのである。
 
建物が二階建てとはいえ木造住宅であることを考えれば、津波の強力な吸引力には到底耐えられ無いことが予測されるのだ。
したがってこの最大規模の津波に我が家はさらわれて、海の藻屑となってしまう可能性が高いのである。
といったようなことが事前のシミュレーションで想定出来得るのである。
 
 
 
                  
 
 
 
であるとすれば震度6強の地震が発生した時、私と家人はすぐにでも家を出て4・500m先の鉄筋コンクリート二階建ての公共施設の屋上(8m前後か?)に向かうか、余裕があれば7・800m先の高台に向かうか、しなければ命は助からないことになる。
 
そしてそのためには常日頃から、いつ震度6強の地震が発生してもよいように持参物の備えを事前に整えておく必要が出てくる。
 
といった事を考えて今日は情報収集をやり終えた後に早速、リュックや持ち運び可能なバッグに生活必需品や、数少ない貴重品を整理して納めておいた。「事前準備その1」なのである。
 
 
更なる備えとして、いかにして地震の発生を早めに察知するかが、課題となる。もちろん可能ならば、である。とても難しい課題である。ほとんど神様の領域である。
しかし地震の予知は可能であれば大事なことなので、検討してみたのである。
 
そこで私たちは、天変地異に対して動物たちが非常に敏感で、どうやら予知能力があるらしい、ということを思い出した。
数年前の「インドネシア」だか「スリランカ」での事例を思い出したわけである。
 
あの時は地震が発生する前から、野生の動物たちがしきりに山に向かって移動を始めた、といったニュースをやっていたことを思い出したのである。
 
そこで野生の動物たちの挙動はもちろんのこと、我が家の老犬や近所で飼っている沢山の牛たちが発すると思われる、鳴き声や叫び声・嬌声、さらには異常を知らせるアクションにアンテナを張っておく、といったことを心掛けることにした。
 
今日、食事をしながら家人とその事を確認したところである。「事前準備その2」かつ「共通意識その1」である。
 
 
更には万が一離れ離れになった場合を想定して、その際の集合場所を取り決めておいたのである。
またその際の通信手段としては、緊急時の通信手段として開発された「LINE」を有効に使うことも確認しあった次第である。
因みに「LINE」は9年前の東日本大震災を教訓に開発された「大災害時に有効な通信アプリ」という事だから、こういう時にこそ本領を発揮するはず、なのである。「共通意識その2」である。
 
 
 
                                    
 
 
 
とりあえずここまで家人と話し合って、我が家の津波対策は決まりほぼ終了したのであった。
 
あとは我々が生きているであろう今後20年近くの間は、大きな津波を伴う大地震が満潮時に発生しないことを、地震の神様に対してお頼みしよう、ということになって、家族会議は終了したのであった。
 
 
因みにその神様とは『大野土佐日記』にも書いてあった天変地異を鎮める神様、「別雷神」を祭る上賀茂神社、ということになった。
そして今度京都に行った時に上賀茂神社に寄って、お願いしてこようということに成ったのである。
 
鎌倉時代の知内では修験者大野了徳院が使者になって、上賀茂神社に赴き「別雷」の神様を勧進してきたという。
それで今の「雷公神社」を建立したという事であったが、たぶんそこまでの事はしないだろうと思う。
せいぜい神棚に飾るお札を購入するくらいであろうか・・。これぞ困ったときの神頼みである。
 
 
 
 
 

 コロナウィルスと為政者(2020.0412) 

 
 
しばらく北海道のコロナウィルスが沈静化していたのであったが、ここ数日また感染者が増え始めている。それまでは一桁台であったり、感染者0が何日か続いていたのであるが、8日ごろから連日二ケタ台に増加してきている。
具体的には
 ・4月8日(水)10人
 ・  9日(木)18人
 ・ 10日(金)13人
 ・ 11日(土)15人
といったようにである。
どうやら、第二波が起こっているようである。気が抜けない。
 
今から100年ほど前のスペイン風邪の時もそうであったが、いったん収束したかに見えた感染症の流行は二度目の波を発生させたようである。
 
今回のコロナウィルスもまた同様の傾向をとることになるようだ。
因みに100年前のスペイン風邪の時に、アメリカの各州政府は幾つかの異なる対応をしたようである。
 
即ち「A:積極的に予防策をとらない州」「B:いったん収束の気配を見せた時に、安心して早めに封鎖を解除した州」「C:第二の波の起こるのを心配して封鎖期間を長く取った州」といったパターンに分かれたという。
 
その結果はどうだったかというと、最も早く終息したのは「C」の州であり、「B」が続き、最も収束時間が長く掛かったのは「A」の州であった、という。
冷静にかつ慎重に対応した州は、結果的に長い目で見れば早めに元のように社会も、そして経済も回復することが出来た、というわけである。
 
この時の対応事例は今回のコロナウィルス感染においても、同様の結果を引き起こすのではないかと、思われる。そして今回の北海道の第二波の到来は、それを示唆しているのではないだろうか、と私は感じている。
 
因みにアメリカの花札大統領はこの歴史的教訓からは何も学んでいなかったようである。
彼は数週間前までは「アメリカは上手くいってる」と主張し「A」のスタンスであった。
 
それからニューヨークから全米に感染が拡大したここ1・2週間の間に「B」のようなスタンスを取り始めて今に至っている。
即ち「ウィルス感染はピークを越え、感染が終息に向かいつつあるので、月内には封鎖以前の経済活動が可能になるだろう・・」といった願望を抱いているようである。
 
「小学校高学年のような頭脳・・」と言ってトランプ政権を去った国防長官がいたが、そのようなリーダーを選出したのはアメリカ国民であり、今なおアメリカには40%台の花札大統領の岩盤支持層がいるという。
したがってこれはアメリカの問題であり、対岸の火事なのである。
 
 
さて翻ってわが日本はどうであろうか。
「2月に行った学校閉鎖」はある程度の効果を発揮したが、お花見の季節の三連休に気が緩んだ結果なのか、4月に入ってから感染者が全国で著しく増えて来ている。
 
「アンダーコントロールにおいてない、お花見大好きなノー天気な首相夫人」や「466億円の費用をかけて、国民一人当たり2枚ずつマスクを配る、ことを提言した首相補佐官」「人命よりも財政バランスを優先する財務官僚」こういった側近たちに囲まれたわが国の最高意思決定者は、いったい13,000万人の国民をどこに持って行ってくれるのだろうか・・。
 
 
               
                                                 漫画家浦沢直樹氏のイラスト 
 
 
 
そのような中央政府の緩やかで、的の外れた対応に業を煮やしたのか、地方の知事たちが続々と自分の都道府県民の命を守るために、声を上げ始めている。
もちろんみんなが同じレベルではない、スペイン風邪の時のアメリカ同様に「A」「B」「C」と、対応は様々である。
しかし問題意識の強い知事は、はっきりと自己主張をするように成って来ている。
 
 
そしてわが北海道である。
2月27日に全国に先駆けて「緊急事態宣言」を発令した北海道知事は、現在札幌やそのベッドタウン都市で発生している、幾つかのクラスタ―の存在を目の前にして、第二の波にどのように対処するのか、対応が迫られているように私は思っている。
 
鈴木知事の選択は、果たして「C」なのか「B」なのか、それとも「A」なのか、私は彼の次の一手を注視している。
報道では今日の午後、札幌市の秋元市長と鈴木知事がコロナ対策での会談を持つという。
 
つい二週間前までの彼への私の評価は「状況判断は的確」ではないか、「行動力やリーダーシップ」はそれなりにある。と私はポジティブに評価していたのであるが・・。
今日の夕方になされる記者会見が待ち遠しいのである。
 
 
 
                                            
 

 北海道のコロナウィルス2(2020.04.01)

 
 
北海道のコロナウィルスに関しては、どうやら沈静化していると言っても良さそうである。
昨日の3月31日時点で177人の陽性反応者がいたのであるが、ここ数日は他県民や海外旅行者/帰国者にとどまっており、道内由来の感染者が出ていないのである。
この状況が今後も継続することを、私は期待している。
 
この現況は去る2月27日に鈴木知事が「緊急事態宣言」を発した効果が現れてきた、といっても良いのではないか。
因みにこの間の推移を確認すると以下のとおりである。
 
・1月28日(火):中国武漢の旅行者にコロナウィルス感染(第1号)が確認される。
・2月27日(木):鈴木北海道知事より「緊急事態宣言」が発せられる。
         それまでの累計が39人で、2/27一日で15人の発症が確認された。
         3月19日(木)迄の3週間が、対象期間として設定された。
・3月19日(木):この間の3週間(2/28~3/19)で117人の感染者が確認された。
         第1週目(2/24~3/1)は46人、
         第2週目(3/2~3/8)は29人、
         第3週目(3/9~3/15)は47人、
         第4週目(3/16~3/22)は14人と推移
         北海道内での爆発的な感染は起こらなかった。
         上記結果を踏まえ知事は「緊急事態宣言」の終了を宣言した。
・3月31日(火);宣言終了翌日よりの感染者数は20人(12日間)
         この間の発症者の多くは
        「これまでの感染者の、濃厚接触者=家族・医療従事者等」
        「道外からの国内外の旅行者や帰国者」であった。 
・4月1日(水)  :道立の図書館や文化施設等が一般に開放され利用開始が発令された。
         学校等の新学期は通常通り始業される予定。
 
上記の通り、北海道の「緊急事態宣言」は結果的に効果を発揮していると云えそうである。
これは言うまでもなく知事の当該感染病への問題意識や、スピード感ある判断=意思決定の結果だと、評価することが出来る。
と同時に知事の的確な情勢分析に基づく、リーダーシップが有効に機能したことを意味している。
 
 
 
              
 
 
今回のコロナウィルスの問題は結果的に、自治体や国家の首長のリーダーシップや情勢判断の的確さなどの、能力の有無を焙り出しているように私には想える。
 
私の独断と偏見に依れば、北海道知事の他には和歌山県の知事や、大阪府・愛媛県・沖縄県の知事などが比較的的確な状況判断をし、道府県民に対して的確な情報発信をしているように想える。
 
それに引き換え、役人たちが用意した原稿を棒読みにしたり、自分の言葉で語ろうとしない首長は、能力にやはり問題があるようだ。
そのような首長の下で暮らす人々は不幸である。しかしそのような首長を選んできたのは、他でもない当該都道府県民なのであるから、まぁ巡り巡っての災難なのであろう。因果応報ともいうけど・・。
 
 
しかしこれから東京をはじめとした首都圏はしばらく気の抜けないシビアな状況が続くことになるだろう。
小池都知事は3月23日に「外出自粛等」を要請し、それ以降具体的なクラスターなどにも言及し始めている。予定では4月12日までの3週間を一区切りにしているようだ。
 
卒業旅行で欧米に行って帰って来た学生達の感染報告が明らかになっていたり、夜行性の人たち御用達のクラブ/バー/カラオケ/キャバクラなども新たなクラスターとして確認されているようだ。
外出自粛要請が出されても尚、夜の街を徘徊している人達がいる以上、しばらくこの勢いは収まらないだろう、と私は感じている。首都圏のこの状況は、GW一杯まで架かるかもしれない・・。
 
 
 
 
                      
 
 
 
 
 
 

 丹頂鶴の居る風景(2020.03.28)

 
 
ここ2・3週間私の住む南十勝の太平洋側では、丹頂鶴の喧しい鳴き声が上空を飛び交う。
春先の風物詩の一つである。
 
丹頂鶴に限らず小白鳥や鴨などもたくさん訪れて来るのであるが、やはり丹頂鶴が目につく。「キー、クゥエッ」「キー、クゥエッ」と甲高い声を発しながら、数羽または十数羽で編隊を組みながら、地上数十mを飛び交うのである。
 
お互いに声を掛けながら飛んでいるところから、これからシベリア辺りに向かって帰る北帰行の準備でもしているのであろう。
甲高い声で鳴きながら飛ぶ様は、なんとなく集団としての長距離飛行のための訓練をしているように私には見えるのだ。
 
激寒のシベリアを避けて、昨年10月ごろにシベリア辺りから温暖な日本に向かって南下して来た彼らが、本拠地に帰って行くのである。
 
北海道でも南東に位置するここ南十勝から、日高山脈や大雪山系を更に越えて、北海道の北部に移動し、やがて宗谷海峡を越えて樺太やその先のシベリア本土にと帰って行くのであろう。
 
 
 
                   
 
 
 
因みに十勝エリアで越冬する丹頂鶴は70数羽ということであるが、我が家の周囲を飛び交う丹頂鶴の数だけでも5・60羽はいそうだから、本州辺りからも飛来している丹頂鶴も少なからずいるのであろう。
 
まだしばらくは丹頂鶴の甲高い声と、飛び交う編隊を目にすることに成るのであろうが、それもここ数日か数週間のことであろう。
そのあとは10月頃までしばらくは、彼らにお目に掛ることもなくなる。
彼らも本拠地でゆっくり過ごすことであろう・・。
 
 
私たちにとって丹頂鶴の到来や飛散は、やはり「春の到来」や「冬の到来」を感じさせる風物詩であり、また季節が替わることを知らせるある種のメルクマール、なのである。
 
 
 
 

 観光地とコロナウィルス (2020.03.20)

 
 
つい二日ほど前の3月18日の21時に、北海道の鈴木知事が3週間程前に発令した「緊急事態宣言」の収束を宣言した。
 
これは当初恐れていた「道内での爆発的な感染」が、どうやら起こる心配が無くなってきた、という見立てに基づた政治判断であるようだ。
 
「緊急事態宣言」は日本の自治体の中では初めて発令された、鈴木知事のリーダーシップによって出された宣言であった。
結果的にはこの判断は正しかったようで、現在イタリア北部で起きているような地域限定的なパンダミック=爆発的な感染に、北海道が陥っていないで済んでいる。
 
 
現時点で北海道全域では158人のコロナウィルス感染者が確認されており、相変わらず日本で最も多い感染者数であるが、ここ1週間ほどの傾向としては新たな感染者は主に「札幌市」や「旭川」「北見」といった、北海道の西部や北部/オホーツク海側が中心である。
 
大きな分布状況としては「札幌市」が全体の半分程度、「旭川市」「北見市」などがそれぞれ20人程度、ほかに「函館エリア」「釧路エリア」が10人前後といったとこで、その他の地域は数人ずつ、といったところである。
 
そしてこの分布状況が、ほぼ「冬の観光スポット」が中心になっている事に気づかされる。
則ち「さっぽろ雪まつり」「旭山動物園」「流氷観光」「夜景のきれいな函館」「魚介類を楽しめる釧路」といった類の観光スポットのある地域であり、春節の休暇に中国をはじめとしたインバウンド観光客が、大挙して立ち寄る観光コースなのである。
感染者数と「冬の観光スポット」との因果関係がはっきりしている。
 
 
 
                
 
 
このような状況下において私の住む「十勝エリア」は幸いなことに、感染者は保育園児1人で済んでいる。それも2月27日に発生しただけで、以来3週間以上は経過していることから、現時点では十勝エリアは「大きな感染地」には至っていない。
 
そしてこの原因はやはり「冬の観光スポット」の問題だと、私は想っている。
 
幸か不幸か十勝には「冬の観光スポット」が殆ど無いのである。
広大な十勝平野は春から秋にかけては、豊かな自然が在り観光客もたくさん訪れるのであるが、冬場は殆ど観光客は来ない。とりわけインバウンド客は見られない。彼らを魅了してやまない様な観光スポットが無いのである。
 
その結果コロナウィルスの感染者が、殆ど確認されないのである。
 
もちろん現在がそうであるからといって、今後もそうであり続ける保証は何もない。
十勝の住人としてはこの事実はありがたいことであるが、やはり今回の新型コロナウィルスの問題は、「冬の観光地北海道」にとっては今後も十分起こり得る問題である、という認識は必要であろう。
 
とりわけ「豊かな農林水産資源」と共に「国内外の観光客」が、今後も北海道経済の主軸であり続けるとすれば、「観光客由来の感染病リスクへの対応」に向けて、その仕組みやインフラをどれだけ整え/備えておけるかどうかが、重要な課題に成っていくであろう。
 
具体的には、「しっかりした検疫体制の確立」「感染者の隔離/分離体制の構築」更には「専門医師/看護の人的態勢」「医薬品/備品の十分な備蓄」などといった様な、準備体制の構築であり、システムづくりが求められるであろう。
と同時にそれらコストを回収する「道独自の税収システム」の構築も検討が必要となる。
継続的な対策/施策には、継続的な財政的裏付けが求められるから、である。
 
 
「観光北海道」が、経済や就業環境にとって外せないテーマであるならば、首長や行政マンはこの課題に対して腰を据えた対応が必要になってくるのは言うまでもない。
今回のような対症療法的な対応にとどまるのではなく、明確なビジョンに基づく「感染病リスクへの対応システム構築」が必要に成ってくるのである。
 
今後も国内外の観光客がもたらすかもしれない、未経験のウィルス等による感染症が発症した時の対応システムを、事前にしっかり準備し構築しておくことが出来れば、早い段階で封じ込めることが出来るかもしれないのである。
 
この「感染症リスクへのインフラ整備」が整っている「観光地、北海道」であれば、国内外の観光客も安心して北海道を観光することが出来るだろうし、受け入れる側の観光業界従事者や住民である道民も、安心していられるであろう。
 
 
今後も「観光事業」が北海道の経済/社会の柱であり続けたいのであれば、政治家も経済人もこのような事前の準備を行う必要があり、そのためのシステムを構築しなくてはならないのである。
そしてそれはまた同時に「人間(じんかん)万事、塞翁が馬」でもあるだろう。不幸な出来事は同時に、新たな幸せの原因になるかもしれないのである。
もちろんそれは対応の如何によっては、である。知恵を出し続けることで初めて、課題への対応が可能になるのだ。
 
今回の「新型コロナウィルス、パニック」から我々が学ぶ点があるとすれば、そう云った事ではないのだろうかと、北海道民である私は感じているのである。
 
 
 
 

 日方(ひかた)の風(2020.03.14)

 
昨日の午前中は朝から東南の暖かい風が強く吹いた。
どうやらこれが、南十勝に春を呼ぶ「日方の風」なのかもしれない、と私は感じた。
わが大樹町には「日方」というエリアが在り、ここは南十勝を代表する河川「歴舟川」に沿う形で広がる地域である。
「日方」とは、日が上がる方面という意味で、春分の日を控えたこの頃の朝日は東南東方面の太平洋側から、昇って来るのであった。
 
そしてかの「歴舟川」は、かつては「日方川」とも呼ばれていたことがあるという。
従ってこの「歴舟川」沿いのエリアは、南十勝の人達が長く待っていた春を呼ぶ風「日方の風」を、一番最初に感じさせてくれる地域だったのに違いない、と私はそう想っている。
 
この「日方の風」は本州でいえば「春一番」の一種なのではないか、と私は感じている。
冬の間中吹き荒れた北風や西北の風に替わって、この風が吹き始めてから温かい南風や東風がやっと到来してくるのである。
従ってこの風はやはり、春を呼んで来るのである。
 
 
 
              
                
 
 
 
因みに「歴舟川」は大樹町の砂金採集の舞台となった大河で、日高山脈の中の金鉱山から流れてきた山金の塊や金片が、沈金して川金となり或いは砂金と成って堆積した川で、明治から昭和30年代頃まで砂金採り達が、ロマンと一攫千金(実際には年々先細り百金や十金)に人生をかけていた場所であった。
 
歴舟川の金鉱山は未だ特定されていないことから、今でもなお数量は少なくても金片や砂金・運が良ければ小指程度の金塊が、この河川では採れるという事である。
小指ほどの金塊の話は、かつて日高山脈の山懐を案内するネイチャーガイドのおじさんから、聞いた話である。
 
さて日方の風が吹き荒れた、この南十勝の陽光はすでに春めいた温かさを伴っており、気象予報士などに依れば、あと2・3日ほど冬日が続いて来週の半ばごろからは、平年の4月中旬の陽気に成る、という事である。
 
 
札幌辺りの空知地区や旭川・北見のオホーツクエリアは今もなお、新型コロナウィルスの伝播は収まっていないが、さしたる冬場の観光スポットの無い十勝は、どうやら保育園児1人が陽性であっただけで、収束しそうである
 
今年の冬はコロナウィルスに翻弄されていたが、それが終息した時に本格的な春の到来を、祝う事が出来そうである。
 
 
 
 

平常時と緊急時(2020.03.01) 

 
現在北海道では昨日の鈴木知事の「緊急事態宣言」が発令された事により、新型コロナウィルスの脅威に対して、北海道全域で臨戦態勢に入ったという事ができる。
 
この宣言の発令は、陽性反応者の数が70人に達し未だ終息に至ってないことや、「さっぽろ雪まつり」や「北見市の展示会」など、人が集まる場所で集団感染した人たちが感染源と成って、新たな場所で拡散させている事が判明したからなのである。
その感染者達が新たな「クラスター」において、拡散させている現実を食い止める事への注意喚起や、その危機が差し迫っている事への道民及び国民の共通意識を醸成する事が、目的の発令なのだと思われる。
 
 
その北海道とは別に、大阪のライブハウスが新たなクラスターとなり、現時点でも来館者3名とその家族2名の計5人に陽性反応者が拡大しているようだ。
ライブハウスという密閉空間で、3・4時間一緒にその空間を共有した結果なのであった。といった報道が入ってきた日であったのにも拘らず、東京では「東京事変」なる音楽ユニットがライブイベントを強行したらしい。
このライブイベント開催の意思決定を行った主催者及び当該音楽ユニットは、きっちり責任を取ってもらうことに成るであろう。愚かなことである。
 
 
また「ダイヤモンドプリンセス乗船者」で、一時期陰性と判断された人たちが下船してから陽性に転化している事例が50人ほど既に出ている。宇都宮・仙台・静岡などの事例がそうである。
彼らがそのまま公共交通機関を利用して帰宅などの移動する事を許した、厚労省の意思決定者にも、同様の責任を負ってもらわなければならない。
 
何故ならばクルーズ船を下船させた時点で、陰性だからと言って罹病してないとは言えない事は、早期にチャーター機で帰国したアメリカやオーストラリアで発症していた情報から、当然予測できた事だからである。
 
すなわち一時的に陰性だからといって、それ自体は感染していないことを保証するわけではないことが、その時点ですでに予測できたはずだ。
取るべき行動は下船者をまとめて隔離して、2週間以上経過観察すべきであったのである。現にアメリカやオーストラリアなどはそのように慎重に対処していた。
 
上記の意思決定にかかわった「専門家会議」なる組織や集団に問題があったのか、それを執行する厚労省の上級官僚たちの知識や知見の低さが原因であるとすれば、当然彼らにもその責を負ってもらうことに成る。
 
更に起こった厚労省の対応のまずさは、くだんのクルーズ船から下船した厚労省の職員に限り、ウイルス罹病の検査を実施しなかったというお粗末な行為にも見ることができる。
 
この愚かな行為によって、役所に戻った厚労省のウィルス陽性のスタッフが媒介者として、役所や自宅はもちろんのこと、通勤時に使用される公共交通機関を通して菌が拡散していく事を、私は懸念している。
 
 
 
                 
 
 
 
また今朝のサンデーモーニングに出演していた感染症の専門家が指摘していたように、日本全国に新型コロナウィルスが拡散・蔓延している現在のフェーズにあっては、平常時の「専門家会議のメンバー構成」では、十分対応できなくなっているから、緊急時にふさわしいメンバー構成に態勢を変更する必要があるのではないか、という課題がある。
 
現行の国立感染症研究所を中心とした「研究機関による対応」という平時の態勢から、「疾病対策機関による対応」という緊急時の態勢に替えるべきではないか、というのである。
 
感染が疑われる肺炎や高熱に罹っている患者が、保健所に見てもらえないままで実質的に放置されているという事態が全国で起きているらしい。そしてその主たる原因が「研究機関主導の対応」という現在の態勢に行きつく、というのだ。
 
一日に4000人分の感染症を検査するキャパシティを持ちながら、それが今現在機能しておらず、1/4以下の900人強の検査しか実施されていない、という。
 
緊急時には緊急時の対応が必要であるし、そのための態勢を整えスキームを替えていかなければ成らない。
 
「緊急事態宣言」や「イベントや催事の自粛」「小・中・高校の1か月以上の閉鎖」といった施策と同様に、機能不全に陥っている厚労省の態勢立て直しも重要な解決すべき課題と成っている。
 
平時の時のように「ガイドブックに沿って対応しています・・」と言って、目の前に起きている問題に対処しようとしない「優秀な上級官僚」から権限を奪い取って、緊急課題への対処のために、従来のマニュアルやガイドブックに囚われない行動をとる事のできる有能な人たちに、首を取り換えるべきであろうと、想う。
 
そうでもしない限り、パンデミックに成りかねない新型コロナウィルスの拡散を封じ込める事は、出来ないのではないか・・、と私は想っているのである。
 
 
TVなどのブラウン管経由の報道を見ていて、高血圧気味の私は毎日のようにそんな風に憤っているのである。
現在のトラブルの少なからぬ原因は、政治家と官僚の対応のまずさや現行の対応スキームに起因している、と私は想っている。
 
 
 
 
 

 北海道とコロナウィルス(2020.02.27)

 
今朝の時点で、北海道の新型コロナウィルス感染者の数は39人となっているようだ。
これは全国で一番多く、人口が2.5倍近くある東京の35人よりも多い。
 
北海道でも道央や道南を中心に感染者が広がっているが、幸いなことに私の棲む十勝エリアでは、現時点では感染者はいない。
これはあくまでも現時点では、という事でこれから感染者が出てこないとも限らない。
 
 
今回の北海道の感染者が最も多い原因として考えられるのは一つには「さっぽろ雪まつり」であるようだ。
 
「雪まつり」来場者がらみの感染者が、早い段階で現れたからである。
中国武漢からの観光客が第1号で、「雪まつり」の運営スタッフのメンバー2人も確認できた。更に千歳空港の検疫官の感染は武漢などの観光客との接触が原因なのではないかと思われる。
 
そのほか熊本や千葉の感染者もまた、「雪まつり」に観光で来ていたそうだ。
他の感染者も「さっぽろ雪まつり」への来場があったのかどうか、その行動経路の確認が当然必要であろう。感染者の出た「江別市」「苫小牧市」は札幌の生活圏といってもよい地域である。
 
 
 
                    
 
 
 
 
そして次に考えられるのが、北海道の住居や生活空間の「気密性の高さ」である。
北海道は言うまでもなく土地が広く、空気もきれいで人口密度は多分全国の都道府県で一番少ない場所である。
 
従って通常の事を考えれば、最も感染症のリスクの少ないはずの地域である。
しかしそれは冬を除いた場合、なのである。
 
北海道の冬が厳しいのは言うまでもないのであるが、数十年前はいざ知らず現在の北海道の住居環境や生活環境は、おおむね快適なのである。もちろんそれは室内にいた場合は、なのであるが・・。
そしてその快適さを保証しているのが「生活空間の気密性の高さ」なのである。
 
近年の北海道の住居や生活空間は概ね二重窓やそれ以上の多重窓で造られていて、外界とを仕切られている。その故に気密性が保たれ、外界がマイナス二桁の気温であっても、快適な日常生活を送ることが可能に成っているのである。
殆どの家庭やビルに見られる「玄関の風除室」の存在も同様である。
 
 
そして今回のコロナウィルスの拡散は、このような北海道の冬の生活空間の特殊性がもたらした事態だと私は推測している。
その気密性の高い生活空間は、「住宅」はもちろんの事「雪まつりの事務室」や「飲み屋」「病院」でもまた然り、なのである。
 
冬の北海道の生活空間は、その気密性の高さの故に「クルーズ船の船内」と同様で「細菌やウィルスの培養最適空間」なのである。空気の入れ替えや、窓の開閉を意識的に行わないと密室状態が続くのである。
そして残念なことに北海道民は、マイナス気温が当たり前の外気を積極的に入れようとする生活習慣が乏しいのである。
 
このような生活環境の特殊性が今回の拡散をもたらしているのではないかと、私は推測している。そしてそのような仮説のもとに立つならば、今回のコロナウィルス騒動が終息したとしても、冬の北海道においては感染症が伝播し、拡散リスクが今後も起こり得る環境であるという事であろう。
 
 
従って、発生源が中国であれベトナムであれ、はたまた中東・アフリカであっても、世界で新型ウィルスやインフルエンザなどの感染症が流行した時には、北海道で行われる観光客を積極的に呼び込み、濃厚接触する可能性のある大規模イベントを避ける必要があるのだ。
 
そして気密性の高い生活環境を、運営面で調整していく必要が出てくるのである。
すなわち外気との換気を、意識的に行う生活習慣をつける必要があるのである。
これらの意識を持ち、対応を自ら能動的に行わないと、今後も同じことが繰り返されるであろう。何故ならば生活環境がもたらす構造的な現象だから、である。
 
 
という事で私は,今日から意識的に窓を開け閉めすることにしたばかりである。
そして遅きに失していないことを八百万の神々に願っている。とりわけ感染症に有効な祇園神社の祭神でもある「蘇民将来」に・・。
 
 
 
 
 

 新型コロナウイルス(2020.02.20)

 
 
昨年の12月頃からネット上では話題になり始めていた「新型コロナウィルス」が、今の中国そして日本においても大きな社会問題となっている。
 
中国の場合は言うまでもなくその新型ウィルスの発生地であった事と、政治日程を意識した湖北省の共産党指導部の隠蔽対応によって、武漢を中心とした湖北省とその周辺省とが犠牲に成った、といった政治的な理由が重なって、感染が拡大してしまったようだ。
 
今回の感染症の爆発的な拡大は、全体主義国中国の一党独裁と中央集権体制の政治的あるいはガバナンス(統治)機構システムの、必然性によってもたらされている面がある、と私は見ている。
 
従ってこの種の混乱は、現在の政治体制や統治システムが続く限り、今後も形を変えて現れ続けるものと思われる。たとえ「新型コロナウィルス」の封じ込めが終焉をしたとしてもである。
そしてその影響は終身主席という、身分制社会のような権力を握った「習近平体制」をも崩壊させかねないようである。インターネットやSNSを通じてそのような動きや世論が沸き起こっていることが、ネット情報から漏れ伝わってきている。
 
いずれにせよこの中国国内の政治体制や統治システムの問題は、我々外国人にとっては直接的には関係なく、かの国の国民たちが自ら解決せざるを得ない問題なのである。
 
 
 
                     
 
 
と、このようにのんびりと構えていられたのは、今月上旬の「ダイヤモンドプリンセス号」の問題が顕在化するまでの事であった。
 
たった一人の香港人の新型コロナウィルス感染者の搭乗によって、4,000人弱の乗員と乗客とが、巨大なホテルと見まごうクルーズ船という密室環境で、14日間以上監禁状態に置かれる、という状態が続いたのであった。
 
本来ならばウイルスの潜伏期間である14日を過ぎれば、非感染者は何の問題もなく下船することが出来、感染者や病原体はクルーズ船の内部に封じ込められるはずであった。
しかしながら実際にはそうは成っていないのである。
 
各人が自室に閉じこもって、息をひそめていれば感染は広がることはなく、14日を過ぎれば収束するはずであったが現実には、日を追うごとに感染者の数は膨れていった。
 
しかも日を追うごとに増加した感染者の多くは、乗客ではなく乗員という事のようだ。
要するにクルーズ船の運営スタッフを中心にして百人規模で、感染者が増加している、という事のようである。いったい何が起こっていたのか、大いに気になるところであった。
 
さらに驚いたことに本来クルーズ船とは全く関係のない、厚労省や内閣府のスタッフといった封じ込めのために派遣されたはずの、「政府の専門家チーム」のスタッフが感染し始めているという。その彼らがクルーズ船に乗り込んだのは、封じ込めが始まって4・5日経過してからの事である。
 
「ミイラとりがミイラに成った」といったようなことらしい。お粗末な話である。
 
 
しかもそれら専門家スタッフの感染者の何人かは、十分な感染予防の防護服等を装備していなかったという。いったいどんなつもりで彼らは密室のクルーズ船に乗り込んだのだろうか?
 
彼ら自身がまともな感染症に関する知識や知見を持った人たちとは、私にはとても思えなかったのである。そして同時に、それを許容した「政府の専門家チーム」の組織への疑念が、私の脳裏に浮かんできた。2・3日前の事だったと思う。
 
そしてその懸念や疑念はさらに深まった。今日2月20日にはさらに政府から派遣されたスタッフ2名の感染が明らかになった、というニュースが入ってきたのである。いったい彼らは何をやっているんだ、とあきれてしまったのである。
 
 
 
               
 
 
 
 
ところがその理由が判明した。
二日ほど前にクルーズ船での疾病対応に入った神戸大学医学部の教授が、クルーズ船の中から送った動画で、広く知ることとなったのである。
 
その医学部の教授は「クルーズ船の内部が、感染防止のための物理的な障壁や隔離策が全くとられていなかった」といったようなことを知り、「愕然とし自らの命の危険性を感じ、怖かった」というのである。
 
要するに彼が乗り込んで目にしたそのクルーズ船の中は、密室の「新型コロナウイルスの巨大な培養器」状態になっていたという事であろう。
あり得ない話である。
 
私が見聞きしている感染症予防の病院などで行われているはずの、「感染者と非感染者とは分離する、または隔離する」といった物理的な対応や措置は、クルーズ船の中では明確に取られていなかったのである。
クルーズ船は「感染を封じ込める措置」とは明らかに異なる、物理的環境だったのである。
 
この事実を知って「クルーズの運営会社のスタッフの感染者が毎日100人単位で増加した」ことも「後から投入された政府のスタッフが感染した」謎も得心がいったのである。
 
 
くだんの神戸大学医学部の教授は、今日に成ってこの動画を削除したという。
その動画削減行為にはもっともらしい理由をつけられていたが、彼は国立大学の医学部の教授なのである。
 
私は彼の最初の行動とその勇気には拍手を送ったのであるが、しょせんは彼も公務員の一人だったのである。
文科省だか内閣府だか公私混同が大好きな首相補佐官だか知らないが、その手の政治的な圧力が彼又はその周辺に及んだのであろう。
 
宮仕えの故かもしれないが、そのような圧力に屈しないでいて欲しかったと、個人的には想っている。最後まできっちりスジを通してほしかった。残念である。
 
多くの日本国民や海外のメディアは彼の行動をしっかりと注視しているのである。彼がきっちりスジの通った行動をとっていれば、彼が決して孤立することは無かったであろう。彼の放った動画は、世界中を駆け巡っているのである。
 
仮に捨てる神があったとしても、拾ってくれる神も世の中にはいるのである。最後まで勇気ある行動をとり続けて欲しかった・・。
 
 
それはさておき、このクルーズ船内部の実情を判り易く知らせてくれた、神戸大学医学部教授の勇気ある行動によって、我々は多くの事を知ることが出来た。
 
それと同時に「厚労省の専門家チーム」や「内閣府のプロジェクトチーム」の対応のお粗末さと、こんなレベルの人間たちが発信する情報は、常に眉に唾をつけながら聞き、理解しなければならない、という事に改めて気づかされるのである。
国会で追及の甘い政治家たちに接する方法で、数百万、数千万の人々をだまし続けることは出来ないのである。
 
それにしても不祥事続きの厚労省は、今回の対応でますます権威や信用を失っていることに彼らは気が付いていないのであろうか・・。
出世ばかり気にして上の顔色ばかり窺っている「ヒラメ型の官僚」ばかりなのであろうか・・。情けない話だ。
 
 
今回の「新型コロナウィルス問題」は、改めて自分の身は自分で守らなくてはならない事に、気づかされた私である・・。政治や行政、そして官僚たちに自分の命を預けることは出来ないのである。
自分の命は自分で守る、将に「天上天下唯我独護自」なのである。
 
しかしこの「新型ウィルス狂騒曲」はまだまだ収束には向かわないであろう。
クルーズ船内部で起きていた事実は日を追って明らかになるであろうし、ジャーナリストはそのことをしっかりと検証し続けなくてはならない。
 
更に地方自治体レベルの感染症への対応や情報発信能力にも、ばらつきが顕著である。それらについても検証が必要になるであろう。
厚労省の顔色ばかり窺って、道民への情報開示が進まなかった、わが北海道の地方官僚たちへの検証ももちろんである。
 
この問題はしばらく続くことに成るであろう。
  
   
 
 

 相撲というスポーツ4  (2020.01.28)

 
今年の初場所が先日終わった。
最近感じているのだがこの「初場所」という歳の初めに行われる場所では、毎年のように新しいヒーローが登場し、相撲ファンたちを喜ばせているようである。
どうやらこの初場所では、定番の横綱陣の優勝ではなく、平幕や思わぬ力士が優勝する傾向があるようだ。
その結果大相撲は今回も世間の耳目を集め、新たな相撲ファンを開拓し、話題をさらっているような気がしている。これも相撲の神様の成せる業か・・。
 
かつての例では「玉鷲の優勝」「栃ノ心の優勝」「琴奨菊の優勝」がそうであったし、今場所では「徳勝龍」と「正代」の活躍や、炎鵬の頑張りもそうであった。
 
 
その徳勝龍や正代は、あまり自分の心の中や想いを表に出すタイプではなく、どちらかというとヌーボーといった表情であることが多く、その腹の出た体格と共に昔ながらの「あんこ型の力士」といった印象を、私は長い間抱いていた。
 
それに2人ともこれまで目立った活躍はしておらず、
徳勝龍であれば「十両と幕の内下位の間」を行ったり来たりしている33歳という、すでに峠を過ぎた相撲取りという印象を抱いていた。
正代にしても「幕の内の中位と下位の間」を行ったり来たりの20代後半の体格の良い力士、といった印象をずっと抱いていた。
 
その彼らが今場所では最終コーナーに入っても、いつものように途中で失速することなく勝ち続け、ついに千秋楽まで1敗や2敗のままで勝ち残り、優勝争いの先頭ランナーであり続けたのであった。
 
 
TVの元横綱の解説者「北の富士」氏が言っていたのだが、今場所の後半になっても「二人の力士の肌・艶はハリを持ち続け輝いていた」そうだ。その身体のハリは最終盤においては「ある種の神々しささえ放っていた」という事の様だ。
 
私達にはTVを通してしか見る事の出来ない、彼らの今場所の肌・艶は、間近で見ることの出来る解説者にはその肌や艶の違いが、明確に確認出来たようである。
私はその解説を聞いて妙に感心したのであるが、似たようなことをかつて作家の浅田次郎氏が言っていたことを思い出した。
 
 
浅田次郎氏は、かつて売れない作家であった頃から競馬が大好きで、府中競馬場などに通ったこともあったらしく、お目当ての馬に年越しの生活費を賭けて勝負することもあったというようだ。
 
その時彼が馬券購入という最終決断をする際にやったことが、主催者が馬券を購入する予定のファン達に見せる「出場馬のお披露目」の様な場面に必ず立ち会って、お目当ての馬の肌や艶の、最新の状態をチェックし確認を怠らなかった、という事であった。
そしてその時のチェックをしっかり確認しておれば、当該馬の勝ちを逃すことが殆どなかった、というようなことを彼はエッセイに書いていた。
 
 
私は賭け事をやらないからよく判らないのであるが、生きている馬同士が速さを競う競馬においても、やはりレース直前の体調や身体の調子の良さが勝敗には重要なのであり、その時点での肌や艶の善し悪しが勝敗を決するのであるという事を、彼のエッセイを通じて何となく理解することが出来たのであった。
 
そして今回の相撲解説者北の富士氏の言った言葉が、かつての浅田次郎氏のエッセイで語っていた体験談と重なり、「やはり力士も肌や艶の善し悪しが、その場所の好・不調に影響するのか・・」と妙に得心したのであった。
 
 
 
                   
 
 
 
しかし今場所優勝した徳勝龍という力士は、なかなかユニークなキャラクターである様だ。クレヨンしんちゃんの「ボーちゃん」を彷彿させる風貌の力士であるが、優勝インタビューで語ったやりとりや言葉の端々からは、彼の人間性の純粋さや性格の良さが、観ている側にもビシビシと伝わって来た。
 
何十回も優勝を重ね、記録を更新することに関心のある優勝常連組からは窺うことの無い、苦労人の人間的な誠実さや味わいがとてもよく感じられた。
たぶん今場所の徳勝龍の優勝インタビューを通じて、新たな彼のファンが増えて行ったのではないかと、私は感じている。
 
こういう場面を体験すると、初場所のように意外な力士が優勝することの多い場所は、なかなか目が離せないものである。
 
 
更にまた今回は優勝を逃した正代であるが、今場所の彼にはかつての大横綱「北の湖」を彷彿させるような、「ふてぶてしいまでの力強さ」を感じる場面が何番かあった。
それはこれまでの彼にはあまり見る事の出来なかった側面であり、私の印象に残っていた。
彼もまた今場所を通じて、力士としての脱皮を経験している最中なのであろうか・・。
 
彼が今後もなお、その「ふてぶてしいまでの強さ」を感じさせる力士の姿を、私達に頻繁に見せてくれるのであれば、北の湖クラスの大横綱に大化けするかもしれない、と私は北の湖に似た体格/体系をしている彼を見ていてそう感じた。
正代もまた今後の成長や変貌を期待して止まない力士の一人であり、楽しみな力士の一人なのである。
 
 
 
 
                  
 
 
 
 
 

 「Somewhere」と「ラッダイト運動」(2020/01/10)

  
昨日のNHKBSのニュース番組で興味深い特集をしていた。
イギリスのジャーナリストが書いた著書『Road to  Somewhere』がイギリスやフランスで話題になっているのだ、という。
 
この著書のタイトルは「どこかへの道」といったような意味なのであろうが、その意味するところは「(そこしかない)どこかへの道」と言う様なことらしい。
 
この書物のテーマは、現在のイギリスやフランスさらには他のEU諸国、そして多分アメリカも含めた国々で起きている階層間の分裂について、ジャーナリストの視点で分析し、課題の抽出をしているということであるらしい。
 
 
今現在これらの先進国で起きている、「英国のEU離脱騒動」「フランスの黄色いベスト運動」「ハンガリーやポーランドで起きている民族主義的な政権」と云った事が発生している根底にあるのは、この「階層間の分裂」が原因なのではないか、と著者は考えているようなのだ。
 
その「階層間分裂」とは具体的にどのような事であるかというと、著者は
「その場所でしか(somewhere)生きることのできない、保守的で古いタイプの労働者層とその家族」
                 VS
「どこにでも(anywhere)生きることのできる、グローバルでリベラルなITを駆使する人々」
との関係なのだと、みているという。
 
 
ここ10年近く世界はIT技術の飛躍的な成長と浸透とによって、それ以前とは明らかに次元の違う社会になりつつある。
すなわちグローバル社会の到来であり、また同時並行的に従来の「国民国家」という産業革命以降の国家や社会の枠組みの破壊とを、引き起こしているというのだ。
 
その大きな時代の潮流に対して、いうなれば取り残された人々が、この「その場所でしか生きられない階層」であり、彼らが現在起きている社会的・政治的運動や騒動の中心的な担い手になっているのだという。
それは社会や時代の潮流という「動」に対する、「反動」ということであろうか・・。
 
 
私はこの動きは「正しい」とか「正しくない」とかいった種類の問題ではなく、社会という共同体が引き起こす物理的な現象なのではないかと、そう感じている。
「国民国家」という産業革命以降これまでの数百年間慣れ親しんできた、「国家や地域/社会の枠組み」そして「今までの生活の基盤」が破壊されつつあることへの、抵抗であると思われるからである。
 
 
これと同様の事が今から数百年前のイギリスで起きていたことを私は記憶している。
「ラッダイト運動」という騒動や暴動が、産業革命期のイギリスで起こったのである。具体的には「機械の打ち壊し運動」が頻繁に起こったのである。
 
この時は産業革命に依って失業した家内制手工業者や土地を追われた農民たちが、その元凶である「産業革命の象徴である機械」を打ち壊す、といった騒動というか暴動が起きたのであった。
そしてその動きは、時代や社会が大きく変化し変貌を遂げようとする時におこる、「物理的な反動」だと、私は想っている。
 
そして今また同様のことが、イギリスをはじめとした先進国で起きているのである。
 
 
               
 
 
 
産業革命期には、第一次産業従事者である農民層や軽工業とでもいうべき家内制手工業者がその時代の流れの被害者であり、犠牲者であった。
そしてこの産業革命によって新たに誕生した労働者層が、今新たな被害者や犠牲者になっており今回の騒動の主役となっている。
 
数百年前には、産業革命の進行により生まれた労働者階層が、家内制手工業者や農民層に取って代ったのであるが、今ではその労働者層が新たな犠牲者に成ろうとしている。
 
そしてその労働者階層に代わって、新たに誕生してきているのが情報産業従事者や情報を駆使して生きている人達なのである。多分この動きはAI技術の発展や浸透によって、今後ますます進んでいくのではないかと、私は推測している。
 
この時代の大きな流れや潮流といったものは誰にも止められないし、逆流させることも出来ない。この時代の流れはどうしようもないことなのである。
抵抗運動によって多少の時間稼ぎは出来たとしても、時代の流れに誰も抗うことは出来ないのである。
 
 
従ってこのような軋轢を前提にした場合の社会的な課題は、行き場がないと思っている「取り残されつつある労働者層」や、崩壊しつつある「国民国家」や「民族的な文化」「国家のアイデンティティ」へのケアなのではないかと私は想っている。
 
その時代の変化をあまりハードに、劇的に移行させるのではなく出来るだけソフトに、摩擦を少なくしながら、時間をかけて移行させる仕組みを作っていくことではないかと思う。多分数十年単位の時間をかけながら・・。
そしてそれへの道筋を立てるのが社会運動家や政治家、官僚たちの役割ではないかとも想っている。
 
そのためにはこれまでの「国の形や枠組み、国家の構成員、伝統や文化」と云った「従来型の国民国家」を形成している諸々の構成要素や「生活の基盤」を、改めて再構築する必要があるように想っている。
 
この問題はヨーロッパにおいては、「EUという新たな国の枠組み」として先駆的かつ実験的に進んでいたことであるが、今まさにイギリスやフランス更にはポーランドやハンガリーで起きている様に、その実験が抵抗に遭っているのであろう。
 
 
今回の総選挙によって、イギリスは「EUからの離脱」を国家の当面の意志として決定した。したがってイギリスはこの歴史的な流れからは近々撤退するのである。
 
 
かつて産業革命が勃発し、その渦中で起きた「ラッダイト運動」が今また形を変えてイギリスで起きていることは、歴史の偶然なのであろうか・・。それとも民主主義国家イギリスであるが故の事なのであろうか・・。
 
 
因みにかつての「ラッダイト運動」は百年近く続いたという。
歴史というのは一直線で進むわけではないから、しばらくはこの二つの流れがせめぎ合って行ったり来たりするのではないかと思われる。多分数十年単位で・・。
 
しかしもう少し長いスパンで見たとき、やはり時代や社会の潮流という大きな流れは誰にも止められないのだと、私は想っている。
 
また「ラッダイト運動」がもたらした副産物として、「労働運動」や「青少年保護活動」などの社会運動があるという。
今回の産業革命以来の社会構造の大変革は、結果的にどのような副産物を生み出すことになるのであるか、興味あることである。
 
 
 
 
 

過去を知らない現代人と、現代に不詳の歴史研究者・・

 
今年もNHKBSの「欲望の資本主義:2020年」を観た。
お正月恒例の番組で、一年間のマクロ経済の動向を製作者(NHK&テレビマンユニオン)なりに咀嚼して、私たちに提示してくれる良質な番組である。
 
今年のテーマは「アベノミクスと中央銀行の金融政策」といったような点にあったようであるが、見終わった感想としては今一つ焦点が定まっていなかったような印象を覚えた。
 
そんな中で幾つか気になったキーワードが飛び交っていたのであるが、その一つが標題の「過去を知らない・・」であった。
番組の中で経済学者だったかが述べていた言葉で、
「過去を知らない現在に詳しい人と、過去には詳しいが現在には疎い人ではどちらがより保守的か・・」と云ったようなことを言っていた。
 
彼の結論は前者のほうが保守的で、後者のほうが革新的で新しいものを生み出す。というようなことを述べていた。
 
私がこの言葉に反応し、興味を抱いたのは「確かにその通りだ・・」と納得し、共感を覚えたからである。
 
 
「現在には詳しくても過去についてあまり詳しくない人々」は実際に世の中に多い。とりわけ「現時点での成功者」といわれる人々にその傾向が多く見られるようである。
 
実際のところ目の前の課題をクリアすることに忙しい人達は、ロングスパンで考えることに貴重な時間を費やす事や価値を置く事は、あまり無いようなのだ。
 
中にはそれではいけないと理性的に思っている人も居るかもしれないが、多くの場合目の前の課題をクリアすることに熱心で、それに集中することで日常生活を過ごし、企業を経営し、組織を動かしているのではないかと想う。
 
その最たる例が「投資家」や「ディトレーダー」といわれる人達であろう。
時々刻々と変化する社会情勢や経済情勢にこまめに反応し、「商品取引」や「株式売買」を繰り返している人達である。
 
「投資家」や「ディトレーダー」が秒単位や分刻みで、目の前に迫る課題をクリアするのは極端な例であるが、企業経営者や官僚・政治家達も五十歩百歩であるのは言うを俟たない。せいぜい「四半期毎の中間決算」や、「人事考課/昇進までの期間」、「国会や議会が開催されている間」までに、タイムスパンが広がるぐらいであろう。
 
したがって、それらの期間に発生する問題や課題をどうやってクリアするのか、目前の成果に囚われて、中長期的なスパンでモノゴトを考えたり、俯瞰することは少ない。
また実際そのように素早く対応しないと、結果が出せないのも事実である。
 
渦中に居てそれらへの対処を誤れば、その流れの渦に引き込まれてしまう可能性があるのだから、ある意味仕方がないことではあるのだ。
 
 
小学校低学年の子供たちがサッカーをしている場面は、将にこの状態によく似ている。
「ボールという課題」が転がる先を、子供たちは集団で追い掛け回すのである。ボールが右側に転がれば、ワーッと行って集団が動き団子の塊が出来る。左に行っても同じことが起き、陣地が変わっても同様である。
 
実際の世界はもっと複雑だし、玉の数もずっと多いし、ゴールの数も多い。さらにプレイヤーの数は数十万人は居るし、場合によっては数百万人規模であるから、複雑怪奇である。しかしながらその本質は変わらない。
 
目の前の利益獲得という課題を、皆んながそれぞれの価値観や問題意識でボールを選択しながら、追いかけ続けているのである。
そしてその仕組みやルール作りをしているのが政治家であり官僚達なのであろう。
 
 
                 
 
 
 
その一方で「過去には詳しくても、現在の目の前の課題にはあまり関心がない、または疎い」人達の場合はどうであろうか。
関心の対象が過去の歴史ということになると、当然のことからタイムスパンは長くなる。短くても数年、場合によっては数百年単位でモノゴトをとらえ、考えを廻らす。
 
そして鳥の目で全体を見るから、細かな出来事や反応に対しては重きを置かないし、動きも鈍くなる。重要視するのは、研究者にとってのテーマや課題がいつかどこかで、起きていなかったかを調べたり、研究の対象にしているのである。
 
 
そのために過去の歴史を研究し、参考に成る事例を探し当て、調べ研究するのである。その研究の対象は国内にはとどまらない、海外にも目は向かうのである。
 
そのようにして参考事例を調査し、調査結果を分析や解析することで見えてくることがあるようだ。類似性の中から原理原則や法則性を発見できるかもしれないし、大きな方向性や枠組みが見えてくる場合もある。
 
そこから得られた分析や解析結果をある程度整理し、論理を構築していくのである。
歴史を学び過去を振り返る作業というのはこのような作業であり、これまでの経験や事例を通して学んでいく事でもある。
 
そしてこのように俯瞰的に物事をとらえ分析するから、目先の事には過度な反応を示さなくもなるのだろう、と思われる。
その結果マイナーチェンジよりもマスターチェンジというような、より抜本的な変革や構造改革の提案を行う事もあるのだろう。
 
社会や経済が行き詰まったり、岐路に直面した時「歴史を研究している人々の提唱や提案」が価値を持ってくるというのは、こういう事だと思われる。
冒頭の経済学者が言っていた「歴史研究者がより革新的で新しいものを生み出す可能性が高い」というのは、こういう事ではないかと私は理解した。
 
 
                   
                   J・K・ガルブレイス
 
 
この番組のテーマは、マクロ経済学の分野で現在の日本が抱える課題である、
「歴史的な金融政策を始めて7年経っても、さしたる結果を出せていないアベノミクス」への検証や、新たな提案に本来なら成るべきであろうが、この最後の部分へのアプローチが不十分であったように私には感じられた。
それが番組を観終わった後の、なんとなく感じた未消化な印象に繋がったのかもしれない。
 
正解は未だ無いことは重々承知しているのであるが、現状分析についての多くの経済学者やエコノミスト達の、異なる意見を羅列的に聞かされることより、
 
「日本社会や日本経済が新たに向かうべき選択肢をいくつか提示/提案」してもらったほうが、より判りやすく佳かったような気がするのだ。
すなわち「日銀の歴史的な金融政策で時間稼ぎしていた7年の間に行うべき、新たな成長戦略」についての検証であり言及である。
 
日銀で再任されなかった理事がそう言っていたように、日銀のこの間の歴史的な金融政策は実際には「時間稼ぎに過ぎな」かったのである。
 
新たな成長戦略の目指す具体例が「IR:総合型リゾート開発」という、公営ギャンブル特区の開設や、民間の学習塾に受験生の進路を決めさせるような「教育改革」ではないことは明らかであろう。これらの圧力団体や有力議員の関心ごとは「新たな成長戦略」には成り得なかった、のである。
 
 
日本が持っている潜在的なシーズである「アニメ/漫画産業の育成」や「人型ロボットの開発」と云ったコトやモノは世界のマーケットでも十分通用するし、日本の社会には既に定着し人材もノウハウも蓄積されている。
 
更には、現在直面している喫緊の課題である「高齢化社会への構造的な対応システムの構築」といったような、いずれ世界の人口大国が直面する事になる課題対処のシステム構築も同様に、世界のマーケットで十分通用するだろう。
 
そういった分野に向けての「国家予算の投入」「人材育成戦略」「ノウハウの構築と普遍化、産業化」と云った事が成された時に、日本の経済や社会が活気をもたらし成長して行くのではないか、と私などには思われるのである。
 
問題提起や課題の羅列に終わらないで、着地点や進むべき方向性に対する提案がなされていたら、この番組はもうちょっと見応えがあったのになぁ・・。
 
 
などと云ったような事を帰省中の息子と話しながら酒を呑み、つまみをツツキつつこの「欲望の資本主義」という正月の特番を見ていたのであった。
 
 
 
 
                               
                      - 2020/01/06 -
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



〒089-2100
北海道十勝 , 大樹町